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「頼むから出て行ってくれ、お前は魔王より邪悪だ」――善人すぎる勇者パーティ、効率を求めすぎて人命まで利用し始めた天才魔導師を泣きながら追放する。

掲載日:2026/01/11

  その光景を、人々は「奇跡」と呼んだ。  

 王都を守る最終防衛線、カノープス要塞。押し寄せた三万の魔王軍に対し、守備隊はわずか三千。誰もが陥落を覚悟し、神に祈りを捧げたその時、空が割れた。


 雷鳴ではない。それは、三万の命を一度に「処理」する神秘的であり、機械的な断罪の光だった。一瞬にして魔軍は消滅し、要塞の前に残ったのは、焦げた大地と、静寂だけ。


 だが。  

 その勝利の立役者であるはずの勇者パーティが、祝杯を挙げることはなかった。


「……アルス、君の心拍数が通常時より二八%上昇している。アドレナリンの過剰分泌だ。落ち着けよ。せっかく無傷で勝てたんだ、これは喜ぶべき『結果』だろう?」


 要塞の最上階。  

 返り血一つ浴びていない清潔な魔道衣を纏った青年――カイルは、手元の魔導書に何かを書き込みながら、淡々と呟いた。


 その眼前で、勇者アルスは膝から崩れ落ち、嘔吐していた。


「無傷……? ど、どこが無傷なんだ……! カイル、お前、何をしたか分かっているのか……!」


 アルスが指差す先、要塞の広場には、味方の兵士たちが横たわっていた。無論、彼らは死んでいない。だが、五体満足でありながら、その瞳からは一切の光が消え失せ、口からは涎を垂らし、ただの肉塊のように地面を這づっていた。


「彼らなら『リサイクル』したよ」


 カイルは顔を上げず、ペンを走らせる。


「あの状況で魔王軍を全滅させるには、僕の魔力だけでは足りなかった。だから、そこにいた兵士二千人の『自我』と『記憶』を、魔法触媒(補助)として抽出したんだ。命までは取っていない。彼らは今後、食事と排泄のみを行う生体ユニットとして、この国のために再利用できる。無駄に死なせるより、ずっと合理的だろう?」


「……正気か……?」


 戦士のボルグが、震える手でカイルの肩を掴んだ。  

 ボルグは戦場で数多の地獄を見てきた。だが、目の前の男が言っていることは、どの魔族や魔物の言葉よりも理解不能で、悍ましかった。


「ボルグ、君もだ。君の右腕、昨日の戦いで粉砕骨折していたよね。僕が治してあげたはずだ」


「ああ、治ったさ! 完璧にな! だが……この腕はなんだ! 俺が寝ている間に、何をした!」


 ボルグが捲り上げた右腕。  

 そこには、人間の皮膚の下で**「何か」**が蠢いていた。血管は黒く変色し、時折、装甲のような硬い節が皮膚を突き破って現れる。


「それは『魔王軍幹部の残骸』を移植したバイオ・パーツだ。人間の肉体は脆弱すぎる。魔族の再生能力を組み込めば、君は二度と負傷で戦線を離脱しなくて済む。喜んでくれ、君の戦闘効率は以前の四倍に跳ね上がった」


「……バケモノめ」


 ボルグが吐き捨てるように言った。  カイルは初めて、不思議そうに顔を上げた。


「バケモノ? 心外だな。僕は君たちの友人として、最善を尽くしているつもりだよ。聖女エルナだって、あんなに感謝していたじゃないか」


 部屋の隅で、聖女エルナがガタガタと震えていた。  彼女は祈ることをやめていた。その手には、カイルから渡された「新型の杖」がある。その杖の芯には、彼女が可愛がっていた孤児院の少年が宿していたはずの「魂の結晶」が埋め込まれていた。


「エルナ、その杖があれば君の回復魔法は消費魔力がゼロになる。少年の魂は不滅のバッテリーとして永遠に君を助ける。彼は死んだんじゃない、君の一部としてキミを支え続ける。素晴らしいねぇ、感動的じゃないか」


「ひっ……あああああぁぁぁ……!」


 エルナは杖を放り出し、顔を覆って泣き叫んだ。もはや、ここには「仲間」などいなかった。一人の「冷酷な管理者」と、その管理下に置かれた「部品」たちがいるだけだった。


「……カイル。もういい。もう、耐えられない」


 アルスが、震える脚で立ち上がった。聖剣を抜くことさえ忘れた、絶望の表情。


「お前を追放する。……いや、頼む。お願いだ、カイル。俺たちの前から消えてくれ。二度と、その『効率』などという言葉を俺たちの前で口にしないでくれ」


 カイルは、ようやくペンを止めた。  眼鏡の奥の瞳が、無機質にアルスを観察する。


「追放? アルス、君は計算ができないのか? 僕は魔王討伐の成功率を九九・八%まで引き上げた。僕がいなくなれば、その数値は三%以下にまで落ち込む。それは『死』を意味するんだよ?」


「それでも構わない! お前と一緒に魔王を倒しても、その後に残るのは、『化け物の楽園』だけだ! そんな最悪な世界を守るために、俺は剣を握ったんじゃない!...頼む、俺はお前を殺さなければいけなくなってしまう。」


 アルスの叫びは、要塞全体に響き渡った。カイルはしばらく沈黙を貫いた。怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも次の「処理」を考えているのか、誰にも分からない。


 やがて、カイルは深いため息をついた。


「……残念だよ。君たちは、僕の最高傑作パーティになると思っていたのに。どうやら、人間の脳にある『感情』というバグは、僕が思っていたよりも深刻らしい」


 カイルは荷物をまとめ、出口へと歩き出す。  

 アルスたちが身構える中、彼は立ち止まり、肩越しに振り返った。


「いいよ。追放でも何でも、好きにすればいい。君たちは君たちのやり方で、泥を啜りながら『正義』ごっこを続けるといいさ」


 その口元に、初めて笑みが浮かんだ。  

 それは慈悲深い聖者のようでもあり、獲物を見定めた捕食者のようでもあった。


「ただ、一つだけ警告だ。僕がいなくなった世界で、君たちが魔王に追い詰められた時……僕はもう助けない。なぜなら、敗北が確定した個体を支援するのは、この世で最も『非効率』なことだからね」


 カイルの姿が、転移魔法の光の中に消えていく。  

 彼がいなくなった瞬間、部屋の温度が数度上がったような気がした。

 張り詰めていた死の気配が、ようやく和らいだのだ。


 だが、残された三人に安堵はなかった。


「……出ていったぞ。これで、よかったんだよな」


 ボルグが、異形に変果てた右腕を見つめながら呟く。  

 アルスは答えられなかった。


 彼らがこの日、野に放ったのは、単なる有能な魔道師ではない。  「善意という概念を持たない、完全なる化け物。」

 魔王よりも恐ろしい、時代のバグそのものだったのだ。


 一方、王都の外縁。  

 カイルは夜の荒野を一人、歩いていた。


「さて。これからは誰の目も気にしなくていい。魔王軍、帝国、隣国、そしてかつての仲間たち……」


 彼は夜空を見上げ、脳内の演算装置をフル稼働させる。


「この世界全体を、より美しく、より合理的に『再編』してあげよう。まずは……そうだな。手始めに、この世界の『神』の権限をハッキングするところから始めようか」


 怪物の足取りは、どこまでも軽やかだった。



 ─────



 カイルが消えて一ヶ月。

 勇者パーティは崩壊の淵にいた。  

 彼を追い出せば、すべてが正常に戻ると信じていた。だが、現実は残酷だった。


「……ぎっ、がはっ……! 腕が、俺の腕が……!!」


 ボルグが悲鳴を上げ、のたうち回る。カイルに移植された「魔族の腕」。カイルが調整を放棄した瞬間、それはただの異物としてボルグの肉体を侵食し始めたのだ。右腕から生えた黒い棘が、彼の肺を内側から突き刺そうとしている。


「ボルグ! 今、回復魔法を……!」


「無駄だよ、エルナ」


 アルスが絶望に満ちた声で彼女を止めた。  

 エルナが持つ「孤児の魂を封じた杖」は、カイルがいなくなった途端、どす黒い怨念を撒き散らし始めていた。祈れば祈るほど、エルナ自身の精神が削られ、彼女の髪は真っ白に変色している。


 カイルは、彼らを強くしたのではない。  

 自分がいなければ維持できない「劇薬」を投与し、依存させていただけだったのだ。


「あいつは……あいつは最初から分かってたんだ。自分を追い出せば、俺たちがどうなるか……」


 アルスは、自分の聖剣を見つめる。  

 この剣さえも、カイルの手によって「敵を斬るたびに周囲の人間の感覚を奪い、魔力に変換する」という呪いじみた改造が施されていた。


 彼らは、戦えば戦うほど、守るべき人々を犠牲にする。

 戦わなければ、魔王に殺される。  

 そして、カイルを頼れば、魂まで効率化される。


 詰んでいた。追放した瞬間、いや、彼をパーティに入れた瞬間に。


 ─────



 数ヶ月後。

 勇者パーティが全滅したという報せが、カイルの元に届いた。

 新興国の宰相となった彼は、国民すべての意識を魔法回路で網の目のように繋ぎ合わせ、かつてない高度文明を冠した理想郷を築き上げていた。


「全滅か。勇者アルスの生存確率は〇・二%だったからね。妥当な結果だ」


 カイルは窓の外を見る。  

 そこには、感情を失った代わりに、飢えも争いも病も存在しない、完璧な統治が行き届いた街並みがあった。  

 死体は農作物の肥料となり、老人は若い世代への魔力譲渡を義務付けられ、子供は適性に合わせて脳を書き換えられる。


「命に価値があるのではない。『命の使い方』に価値があるんだ。それを理解できなかった彼らは、ただの非効率な残骸だ」


 カイルの手元には、アルスが最期に遺した手紙があった。  血に塗れたその紙には、ただ一行。  **『お前を殺せなかったことが、俺の人生最大の失策だ』**と。


 カイルはそれを読み終えると、迷わずゴミ箱に捨てた。


「文字を書くための紙とインク、そして君がそれを書いた時間。……最後まで、無駄なリソースを消費する男だったね」


 カイルの瞳に、一片の感傷もない。  

 世界は今日も、彼の計算通りに、正しく、冷酷に、美しく最適化されていく。


 ――勇者側に、圧倒的な正義があった。  

 ――魔導師側に、圧倒的な合理があった。


 ただ、その二つは、決して同じ世界に存在してはいけなかった。それだけのこと。

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