アレルギーの薬
『先生にアレルギーの薬飲んでいることを話したら、本当にって驚かれてさ。その薬見せてほしいって言われて見せたの……。
見たことないって。市販薬でも処方薬でもないって言って、飲まない方がいいかもって……。調べさせてって言われたんだけど、内緒で来てたから大事にしたくないって海にぃが断ったから何の薬か分からないんだけど。
昔はちゃんと飲んでるか確認されたけど、最近は信用されてて確認もされないから飲んでいるふりをしてるんだ」
話し終わると拓海は最後に付け足した「それで結果がきたんだけど、僕も海にぃも、何のアレルギーも無かったの。それで病院の。
「ぜーったい、内緒ね。舞ねぇにも誰にも。潮にぃと僕の約束」と言って、右手の小指だけピンと張ってこっちに向けてきた。
懐かしいな、と小指を結ぶと拓海はおまじないを唱えた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲―ます。指きった」
部屋に戻ると海人は部屋に戻ってきていた。お疲れ、と声をかけると俺も風呂入ってくるわと、準備をする。
「あ、お湯足すの忘れてた。結構減っちゃってるわ」
「お湯抜いちゃったの?」
「拓海と一緒に入ったから、お湯あふれたんだよ」
「へー珍しいな。なんの風の吹き回しだろ」
「別にちょうどいたから……。そういえば慎太郎から連絡あったよ。無事でよかった」
「あっそ」と興味なさげに答えた。
「でも無事でよかった。どこに行ってたんだろうな」
「それが記憶ないってぬかしてんだよ。どっかでサボってただけだよ。きっと」
海人はそうだな、と言って部屋を出ていった。ベッドに横になると、どっと瞼の重さが増してきた。
教室に入ると慎太郎と目が合って、変わらずな笑顔を向けてきた。拓哉と一緒に教卓前の席から一番後ろの俺の席にやってきた。
「よっ、心配させて悪かったな。拓哉から聞いたよ。潮琶がめちゃくちゃ心配してたって」
「してないわ。別に」と言って慎太郎の左肩を小突いた。
「でも無事でよかったよ。なにしてたの?」
「いや、まじで記憶ないんだよ。部室に荷物を置いて、どこかで約束をしていたからそこに向かわないとって感じの記憶は覚えているんだけど、それがどこだったか、誰とだったか全く覚えていなくて」
「へえ」と俺は言った。
「信じてないだろ。拓哉も信じてくれねえし」
「いや、記憶もなく出歩いてるとか、誰かに洗脳されてるか寄生虫でも頭の中にいるんじゃ」と拓哉は言った。
「洗脳か……。慎太郎簡単に催眠術とかに掛かりそうだもんな」と俺は言った。
「引っかからないわっ」と慎太郎は口調を強めた。
「あっ、女の子が素っ裸で廊下走ってる」と拓哉が言うと慎太郎はすぐに廊下に目線を向けて言った。
「え、まじ!」
「ほら、簡単に」と拓哉が言った。
「いや見るだろ。女の裸は、なぁ潮琶」と俺に同意を求めてきた。
「見ないよ」と言って、疑われないように付け足した。
こういった話題は返答次第でゲイだとバレないか注意をしなくてはいけないから、なるべく混ざりたくない。
「こんな朝からそんな気も起き無いわ」と俺は言った。
「まじかよ、俺なんて朝来る前から抜いてきてるわ」
「聞きたくねえよ。お前の性事情は」と俺は言った。
「てか、いつ解けたの?その洗脳みたいのは」と拓哉が聞いた。
「昨日の昼過ぎくらいから記憶あるんだよ。腹減ったなーって思って、気がついたら西口の建築現場にいたんだよ。あの窓ガラスの事件があったところの向かいのマンション。まじもうビビってさ」
「え、もしかしてお前が犯人?無意識にやってたとか」と拓哉が言った。
「いや、違うって。その事件合った日部活でお前と一緒だったわ」
「確かに……。だったらなんでだろうな。偶然か、何か原因があるのか」
「てか、カラスが大量に死んで落ちてきたのも俺見ているんだけど」と慎太郎が言った。
懐かしい匂いを嗅いで、急に昔の記憶が蘇るみたいに二人の話を聞いていたら記憶がよみがえってきた。
ガラスの事件、目撃している。恐怖で足が震えた記憶が蘇ってきた。なんで記憶から消えていたんだろう。
そういえば、とその話をしようとすると廊下で海人がこっちを覗いているのに気がついた。
「あれ、海人どうした?」
慎太郎と拓哉も廊下を見ると、恥ずかしがってか急ぎ足で去っていった。
「海人も慎太郎のこと心配していたよ」
「へえ、そっかー。なんで?」と慎太郎は言った。
「何でって、お前が行方不明だったから……」
「何の話?」
俺と拓哉は顔を見合わせた。
慎太郎は嘘を言っているような感じがしなかった。ふざけている訳でもない。何か頭に問題があるのかもしれないと、二人で慎太郎を保健室に連れて行った。
保健室に入ると長髪の綺麗な松永先生は笑顔で迎えてくれた。男子生徒からは美魔女と陰で呼ばれている。
事情を説明すると真剣な表情になって、すぐに担任の緑山先生が呼ばれた。腕を後ろに汲んでゆっくり歩いてきて、ベッドに腰を掛ける慎太郎の目を覗き込んだ。
「本当に、自分が昨日行方不明になっていた記憶がないのかい?さっき学校に来て、私に説明してくれたことも」
「なんすか、先生までぐるになって。俺は何も問題ないすよ。記憶だって正常です。行方不明にだってなってないし」
緑山先生は俺たちの方を見た。そしてまた慎太郎を見た。そして保険の松永先生に言った。
「慎太郎君が嘘を言っているとは思えません。行方不明の話の時も、その間の記憶が無いと言っていました。もしかしたら頭に何らかの異常があるのかも知れません。松永先生はどう思いますか」
「そうですね。何かあってからでは遅いので一度見てもらった方が」と淡々と言った。先生たちがいつもと違う、真剣みのある声で話し合っている。なんとなく息をひそめて、慎太郎をどうするかの話合いを聞いていた。慎太郎は不安そうな顔で俺たちを見てきて、その不安な気持ちは俺の方にも飛んで伝わってきた。
「とりあえずご両親に電話してみます。潮琶君と拓哉君は慎太郎君の荷物を持ってきてください。慎太郎君は横になってなさい」と緑山先生が言った。
俺と拓哉は、はい、と声を合わせて言うと保健室を出た。保健室から離れて少し重苦しい空気から解放されて、拓哉が口を開いた。




