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ずっと一緒の親友で、好きな人で、僕を殺した人。  作者: 湊 俊介
『潮琶』視点

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13/23

初めから誰もいない

「電話してきて何かあったの?珍しい」と鞄の中から荷物を出して整理し始めた。


「いや、何してるかなって」


「何してるかなって、図書室に行ってくるって朝言ったじゃん」と言った。そして鞄の中か、ら取り出した本を見せつけてきた。


後を付けたと正直に言って、工事現場で何をしていたのかとは聞けなかった。


それに俺が今日つけて歩いた人物が、海人じゃなくて俺の勘違いにも思えてきた。顔を確認した訳じゃないし、海人が嘘をついているようにも思えなかった。


「だよな……。そーいや先月の手荷物検査で停学になったのって誰だっけ?タバコ持ってきてたやつ」


「噂には聞いていたけど、俺の知らない奴だから覚えてないな。三組の草薙とかそんな奴じゃなかったっけ?なんで急に?」

「いや、なんか急に思い出してさ。タバコとか、薬物とかやったらどんな感じなんだろうなって……」


「え、潮琶お前大丈夫か?なんかあったのか?」と海人は俺の方に近づいてきた。そして俺の目を見つめて、本気で心配をした顔をしている。


「お前……やったことある?」と聞いてしまった。


海人は目をまん丸く見開いて、そして笑った。


「ある訳ねえじゃん。この部屋で一緒に居て、タバコの匂いでもしたことあるのかよ。薬物だって、子供のころから飲んでるアレルギーの薬だけで十分だわ。飲むの忘れるとスゲエ怒られるし」と言って自分の陣地に戻って行った。


「なんで急に、そんなことを」と振り返らずに聞いてきた。


「慎太郎がまた駅前でお前に似てるやつ見かけたって、さっき電話来てさ。なんか工事現場の方で一人で歩いていたっていうから、何か悪いことにでも巻き込まれているんじゃないかって心配になって」と、とっさに嘘をついた。


慎太郎には悪いと思いながら心の中で謝った。


「慎太郎……。なんであいつは工事現場になんて行っていたの?あっちの方なんて何もないじゃん」と海人は言った。急に早口だった。


「な、何でだろうな。暇だったんじゃないか」


「暇って、今日お前と遊ぶ約束だったじゃん」と海人が言った。


振り向いて俺を見る目は一瞬睨んでいるように見えた。強敵に遭遇した猫みたいに反射的に体がのけ反った。


「あいつ、急に用事できたって言ってさ……」


当たり障りない理由で返すと、睨んではいないけれど海人は俺を見つめている。蛇に睨まれたみたいに動けない。沈黙が長く感じた。


ご飯ができたよと誠先生の呼び声と、拓海の階段を下りていく足音で体の力がふっと抜けた。妙な気まずさを消すために、俺はお腹空いたなと言ってお腹を擦りながら部屋を出た。


この話についてはこれ以上聞かなったし、海人も聞いてこなかった。


「おはようございます。今朝は神原市駅前で発生した、不可解な破壊事件についてお伝えします。


昨日、神原市駅前の再開発エリアにある建築途中のマンションで、建物一棟、すべての窓ガラスが割られているのが見つかりました。


このエリアでは現在、駅前のマンション群と直結の複合施設に加え、郊外のエリアには大型アウトレットモールの建設も進んでおり、市をあげた再開発が進行中です。一方で急速な開発に対して一部の住民からは、環境や生活が脅かされる、との不安の声も上がり抗議運動が発生。


この影響を受けて、問題のマンションは休工中でした。被害はこの一棟に集中しており、周辺の建物には損傷が見られないことから、警察は故意による破壊の可能性も含めて、事件と事故の両方で捜査を進めています。再開発の拡大とともに深まる地元との対立。


その中で発生した今回の異常事態に、地元の緊張感はさらに高まっています。以上神原市からのニュースでした」

 

テレビでは昨日のことが報道されて、目撃者はいないとのことだった。目の前で目撃したことを警察に話した方がいいだろうか、と悩んでやめた。


面倒ごとになるのは嫌だったし、ガラスが割れたのを見ただけだ。海人はコーンフレークに牛乳を注ぐとすぐに食べ始めた。テレビのニュースを見ても興味なさそうな顔をしている。


コーンフレークを牛乳に浸しておいて、その間に溶けるチーズを一枚乗せた食パンをトースターに入れた。コーンフレークはサクサクよりも牛乳を吸い込んで柔らかくなった方が好きだ。海人も拓海も舞も、サクサクのまま食べるのが好きでこれだけは分かり合えない。


「駅前で、また怖いわねえ」と誠先生は言った。誠先生が寝坊した朝は必ずコーンフレークだ。俺と同じく、コーンフレークが柔らかくなるのを待っていた。


「駅前に行くなら気を付けてね。この前の事件もあるし……。カラスの」


「大丈夫、駅の方に用事は無いから」

そうだよな、と海人に目配せをすると黙ってうなずいた。眼の前で大量のガラスが降って来たなんて言ったら絶叫されそうで、誠先生には言えなかった。


 教室に着くとすぐに、慎太郎を手招きして呼んだ。昨日の出来事を打ち明けた。さすがに誰にも話さずに黙ってはいられなかった。


海人を尾行していたことは隠して事実だけ、最初は半信半疑のような顔をしていたけれど、無事でよかったと最後には信じてくれた。


「でもなんで、そんなところに行ってたんだよ。昨日だってトイレで誰かを待ってたみたいだったし……まさか」


「女じゃないから安心しろ。ちょっと色々あってな」


今朝はいつも通り海人と登校したけれど、今日はどこに行くとは教えてくれなかった。元々自発的に海人が始めたことだから、俺から聞くのも変だと思って聞かなかった。


慎太郎が見かけたと、嘘をついた後の海人の反応が気になった。急に早口で俺を鋭い目つきで睨んで、明らかに焦っていた。


やっぱり俺が追いかけていたのは海人に間違いないのだろうか。今日も後をつけてみようと、今度は念を入れて私服を鞄に入れてきた。目立たない黒のパーカーだ。海人には何か秘密があるのは間違いない。長年一緒に居る俺には分かる。


 昨日と同じように正面玄関のトイレの入り口で海人が来るのを待った。もういっそのこと、直接聞いた方が早いかもしれないとも思った。


彼女ができたのか、駅前の建設現場に何の用事があったのか、薬物をやっているんじゃないか、疑心ばかりが募っていく。


思えばいつからこんなに海人のことが気になったんだろう。知らないうちに頭の中は海人ばかりだ。


両親が事故で死んで、友達のいる学校を離れて全部失った。目の前が真っ暗で泣いてばかりいた俺の隣で、海人だけ笑ってくれていた記憶がある。警察官も、児童相談所のおばさんも、俺を見捨てた親戚も、可哀そうな子って憐れんだ目でしか見てこなかった。俺は可哀そうな子なんだって思うしかなかった。


海人と初めて会ったときに言ってくれた。励まそうとして言ってくれたのか今では分からない。


『僕は生まれた時に親に捨てられたから、最初から誰もいないんだ』


同情だったのかもしれない。だけどそんな気もさせずに笑いながら、涙を啜っている俺に言ってきた。そしてただ隣にいてくれた。


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