尾行開始
「何してんの?一目散に出ていったから用事あるのかと思った」
「ちょっと忙しいんだよ。早く部活行ってこい」
「なんだよ、その言い方冷てえな」
不貞腐れた顔の慎太郎の後ろに海人が見えた。靴を履き替えている。
「悪い、また明日な。部活頑張れよ」と慎太郎の肩を叩いて自分の下駄箱に向かった。
海人の下駄箱のちょうど反対側が俺の下駄箱だ。さっさと履き替えて海人の視界に入らないように正面玄関を出るのを待った。
海人は黙々とまっすぐ前を向いて歩いていく。イヤホンもしているし、下校する生徒も多いからばれる心配は少ない。見失わないように二十メートルくらい後ろから尾行する。刑事ドラマの気分だ。
誰かを尾行する日が来るなんてと高まる気持ちと、本当に海人に彼女ができていたらどうしようという息苦しさが入り混じって今にも吐き出しそうな感じがする。
俺たちの通う神原北高校から、海人の言う図書室へ行くにはカンデラの家のある住宅街まで戻って東側の道に曲がらないとたどり着かない。
舞が通う中学校の方にある。だけど海人はその道を曲がらずに真っすぐ南へと進んだ。やはり図書館に行くというのは嘘なんだ。
そもそも急に自分から、その日の予定を言い出すのが怪しかった。慎太郎が見たというのはデートでもしていたのだろう。詮索するなと急に疑心暗鬼になっていたのも納得できる。
海人はその先の大通りまで出ると予想通り駅方面に向かった。俺は一定の距離を保って背中を追い続けた。
神原駅に背の高い建物ができ始まったのは一昨年くらいからだ。なんでも神原市の郊外にアウトレットモールと大きな半導体の工場ができるらしい。
人口の増加が見込まれるからそれに伴って駅前にもマンションとかの背の高いビルが増えていると誠先生が言っていた。来年は免許を取りに行くから、車でアウトレットに拓海や舞を連れて行くのは楽しそうだなと思っていた。
だけど駅前はカラスの不審死のせいか人通りが少なく感じる。
地面に死体は落ちていないけれど、学生やスーツを着たサラリーマンはスマホを見るか空を見るかで前を向いて歩いている人は少ない。海人は空も見上げずスマホも見ずにただ前を向いて進む。
たまに後ろを振り向くから気は抜けない。神原駅の東口について改札前で待ち合わせなのかと思った。
けれど海人は立ち止まらずに西口への地下通路を抜けて駅から離れていく。そっちにあるのはまさに建築途中の建設現場だ。どこに行くんだろう。
道を歩く人はほとんどいない。少しずつ不安な気持ちが募ってくる。長い一本道で振り向かれたらばれてしまうと、海人との距離を倍以上に取った。
遠い背中が急に一本道から消えていった。右に曲がったはずだ。俺は見失わないようにと早歩きで海人の曲がった角まで急いだ。
映画で銃撃戦の時にやっているように曲がり角の壁に背中を付けて右目で覗いてみた。誰もいない。
ゆっくりと体を出して曲道の先まで確認しても誰もいなかった。建築途中の白い壁が立ち並んでいるだけで海人が用事のありそうなところなんてありそうに思えない。
こんな人通りの少ない工事現場に用事があるなんて危ない薬とか葉っぱでも買っているんじゃないだろうかと、嫌な想像が頭をよぎる。
他県の高校生が学校の手荷物検査で違法薬物を持ってきていたとニュースで報道せれていたのを思い出した。
先月そのニュースの後に抜き打ちで神原高校で手荷物検査が行われて隣のクラスでタバコを持ってきている奴がいて停学になっていた。
何としてでも見つけようと周囲を探し回った。どこも休工中の看板が置かれているだけで物音もしない。聞こえるのは隣の大通りをたまに走る車の音だけだ。
これも誠先生から聞いたけど、駅前の地元の商店街の人達がアウトレットができたら商売が成り立たないと猛反対の抗議運動をしているということだった。
最初はその声も無視をして工事を進めていたみたいだけど、抗議の声が段々と増えてきて全ての工事が止まってしまったらしい。
アウトレットができた方が俺たち高校生からしたらうれしい。それに商店街になんか用事もない。
辺りは休工中の建設現場で、白い工事現場の囲いしか見えなくなる。まるで迷路に迷い込んだみたいだ。
上を見上げると完成目前で時間の止まった背の高い建物に見下ろされている。遠くには行っていないはずだと探し回ってみたけれど海人の姿は見つけられなかった。
小さな脇道も見回ったしこれ以上は探しても無駄だと諦めて最初の駅前の大通りの道に戻ってきた。
今さらスマホで連絡をするという手段を思い出した。変な疑いばかり勝手に掛けて探すことに夢中になっていた。ただ電話を掛けて、今何しているか聞いてみればいい。ただそれだけだ。
なぜか異様に緊張をして指が震えていた。呼び出し音が聞こえるとつばを飲み込んだ。
一度目の呼び出し音の後に、甲高い破裂音が鼓膜を襲い掛かった。スマホからじゃないのはすぐに分かった。
耳を塞いで辺りを見渡した。地面にスマホが落ちたけど気にしてなんかいられない。耳から手を離すとチャリチャリと割れたガラスが袋の中でこすり合わさったような音が背後からしてきた。
さっきまで歩いていた路地を振り返ると、光る何かが空から降ってきた。音の通りガラスに違いなかった。
それが光る雨の様で、綺麗だと数秒見惚れていた。
次々と地面に落ちていくと、小さな破裂音が鳴り響く。バケツに大量の爆竹を入れて火をつけたみたいな音だった。
鳴り終わると一気に静まり返った。大通りを走る車の音が聞こえてきてこれが現実で起きていることだと理解した。そして急に寒気がして震えて、両足も自然と震えていることに気がついた。
さっきまで歩いていた場所だ。あの下にいたら今頃全身ガラスでズタズタの血まみれになっている。想像するだけで倒れてしまいそうだった。
「もしもし、どうした」
海人の声が聞こえてきた。地面に落としたままのスマホを拾い上げて画面に傷がついていないことを確認した。
「あ、いや。あとで話すわ」と言って電話を切った。
命の危険を感じると膝が勝手に震えるんだと初めての経験だった。早く帰ろう、膝を叩いて力を入れた。高い建物の下を歩かない様に家までの道を駆け足で帰った。
海人が返ってきたのは一時間くらい後だった。




