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ずっと一緒の親友で、好きな人で、僕を殺した人。  作者: 湊 俊介
『潮琶』視点

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海へ行こうとした話

小学生の時に二人で海に行こうと電車に乗ったことがある。


海に着いたけれど、帰りの電車賃を落として途方に暮れていた。どうしようって話しかけると海人は静かにと言って立ったまま眠るように目を瞑った。


その時はどうにか十円玉を自販機の下から探し出して公衆電話で誠先生に電話をかけた。勝手に遠くまで行ったことを怒られたけれど、今では笑い話だ。


中学一年生の時は、女の子に振られて帰って来たらしく、俺が話しかけると静かにと言って今みたいにベッドに横たわった。そんなに多いことではない。


けれど今の海人の中では、解決しきれない問題が起きていることは間違いない。今は何を聞いても無駄だと分かっている。


俺は海人の左手を握って言った。「大丈夫、俺がいる」海人がこの状態になると、俺はいつもこうしていた。海人の隣に俺がいる。


「海にぃ、潮にぃ、ご飯だよ」とノックと同時に拓海が入ってきた。海人は微動だしない。


「ごめん、誠先生に先に食べててって言っておいて。海人がちょっと調子悪くて」と頭だけ上げて言った。


「うん、分かった。海にぃ大丈夫?」と拓海は扉を静かに閉めて近づいてきた。拓海は海人の顔を覗きこんで言った。


「海にぃ、さっき汗だくで帰ってきたから心配しちゃった」


「急にランニングでもして疲れちゃったんだよ。心配だから俺がついてるから、俺らの分は残しておけよ」


「そんなに食べられないよ」と拓海は笑って部屋を出ていった。


 ウトウトと俺の意識が遠くに行きそうになった頃に、海人は突然むくりと起きた。体を起こすと、俺に握られていた手を離した。


「夢だな。俺は夢を見ていた。つーか熱いわ、くっついて。子供じゃねえんだから」

海人はいつもの調子に戻っていた。頭の中が整理できたのかもしれない。スマホを見ると二十時だ。拓海が来てから一時間は立っていた。


「なんだよ、昔はいつも一緒に寝てたじゃんか。最近は一緒に寝てくれなくて寂しいわ」と俺は言った。


冗談めかして少しの本音を入れて肩を組んだ。


「この年になってそんなのキモイわ」と海人は笑いながら俺の腕を引きはがしてベッドから立ち上がった。みぞおちのくぼみがもっと沈んでいくように、胸を締めつけた。


腹減ったなとキッチンに降りると、二人分のチャーハンと唐揚げの大皿がラップをされて置いてあった。誠先生はご飯が終わると自分の部屋からは基本的にでてこない。


だけど喧嘩とか怪我とか、トラブルが起きるとすぐにでてきてくれる。


俺たちが呼ばなくても分かっていたみたいにすぐ部屋から出てきて対処してくれる。


キッチンのテレビをつけて二人で向かい合って食べた。海人はバラエティ番組を見て大笑いしている。そんな海人の顔を見ていると目が合った。


「どうした?そんなに見つめて」と聞いてきた。


「いや、感情の起伏が激しくて大変そうだなって。機嫌悪くなって、怒って、静かになって、大笑いして」


「そんなこと考えたことないや。切り替えが早いって言ってくれ。お前は逆に感情が分からないわ。怒ってるんだか、悲しいんだか顔に出なさすぎ」と海人は箸で俺のことを指した。


行儀が悪い、と注意すると海人は箸を見つめてからお皿の上に置いた。


「俺は大人っぽいんだよ。感情的にならないようにしているの」


 海人はもうこの話に興味が無くなったみたいでテレビを見始めた。お皿に残った最後の唐揚げを取ろうとすると、海人が先に箸で奪って言った。


「早い者勝ち」


見せびらかすように口に詰め込んだ。


こいつは昔から変わらない。でもこういう無邪気なところが海人の良いところで嫌な態度を取られても憎めない。俺は鼻で笑って、食器を片付けた。


「ついでに洗っちゃうから、お皿持ってきてよ」


 海人を見るとまた、テレビに夢中になっている。もうバラエティは終わって繋ぎの時間のニュース番組だ。


呼んでも反応しない。いつもはそんなの見ないのに、海人は皿を持ったままテレビにくぎ付けだった。


俺はテレビを消して海人の手から何も乗っていないお皿を受け取った。


「あ、わるい。考え事してた。ちょっと眠いから先寝るわ」と言って、そそくさと部屋に戻って行く。


洗い物をすましてシャワーを浴びて、部屋に戻ると寒くも無いのに海人は布団に包まっている。大丈夫か、と声をかけても反応は無かった。


「おやすみ、相棒」と電気を消した。


 俺が起きても海人は布団の中に包まっていた。布団の上から揺すって声をかけた。それでも起きる気配はなくて海人を置いて先に降りた。


キッチンに降りるとトーストの香ばしい匂いがしていた。机の上には誠先生特製トーストが置かれていた。


トーストの上にピザソースと溶けるチーズ、たっぷりコーンを乗せてさらにマヨネーズをかける。それをトースターで焼いて、塩コショウを振りかけて完成だ。


小学校の頃、自分の家の朝ごはん紹介をする授業があった。その時に教えてもらってから、何度か自分でも作っている。


けれど発表の時に、みんなには朝からそんなに食べられないよと驚かれた。だけどこれが出るのは月に一度くらいだ。無性に食べたくなるって誠先生は言っている。今も美味しそうに特製トーストにかじりついている。


「おはよ、全部載せてあるから五分くらい焼いてから食べてね」という誠先生に挨拶を返して海人の分の特製トーストも一緒に焼いた。


コーヒー牛乳を冷蔵庫から取り出して注いで焼き上がるのを、誠先生が食べている姿を見ながら待った。ニュースでは車の事故の中継がされていた。ここからも近い見覚えのある場所だった。


「そこの大通りで事故があったみたいよ。車がペしゃんこなんだって」俺は適当な相槌で返した。


「でもぶつかった相手がいないんですって。しかも走っていたんじゃなくて信号待ちで止まっていたみたいなのよ。何か近くから落ちてきた訳でもないし、勝手にペしゃんって潰れているみたいなのよ」


 テレビのニュースキャスターも同じような説明をしている。この大通りはカンデラの家のある住宅街から南側に言ったところにある。


その大通りに出てしまえば、東に行けばスーパーと飲食店が密集してきて、西に行けば神原駅がある。


そのまま南に行けば、毎年大みそかには、このあたりに住んでいる人全員が参拝に行く神社がある。通りの多い道路で、事故なんて今さら珍しくも無い。


チン、とトースターが五分経った。焼き上がった匂いにつられてか、海人もちょうど降りてきた。


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