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アイの劇場  作者: gramgram


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3/5

金曜日の五分

金曜の午後五時になると、(りつ)はパソコンの前で一度だけ深呼吸する。

通話アプリを立ち上げて、イヤホンを耳に差す。

画面の向こうには、いつも通りの名前が表示されていた。

「佐久間(企画)」

それだけ。

肩書きの括弧が、律には少しだけ遠く感じられる。


「お疲れさまです。今週の進捗ですが——」

佐久間の声は、いつも通りだった。

落ち着いていて、必要なことだけを伝える。

律は、メモを取りながら相槌を打つ。

「はい」「確認します」「ありがとうございます」


通話が終わる直前、佐久間はいつも一言だけ添える。

「寒くなってきましたね」

「今週は雨が多かったですね」

律は、その一言にだけ、少しだけ長く返す。

「そうですね。朝、駅までの道が冷えてて」

「雨の日は、コーヒーがいつもより苦く感じます」


それで、通話は終わる。

毎週、金曜の五分。

業務連絡と、ほんの少しの余白。


律は、通話履歴を閉じてから、指先でイヤホンのコードを巻き取る。


翌週の金曜、午後五時。

通話アプリには、見慣れない名前が表示されていた。

「田代(企画)」

律は、イヤホンを差しながら、少しだけ息を吐いた。


「お疲れさまです。今週の進捗ですが——」

声は、佐久間よりも少し早口だった。

必要なことだけが、テンポよく並べられていく。

律は、メモを取りながら相槌を打った。

「はい」「確認します」「了解です」

それだけで、五分が過ぎた。


通話が終わりかけたとき、律は少しだけ声を出した。

「……佐久間さんは今日は?」

田代は一拍置いてから言った。

「ああ、忘れてました。佐久間は異動になりました。今週から私が担当です」

律は、メモを取る手を止めた。

「そうなんですね……」

「はい。では、失礼します」

画面が切れる。


律は、イヤホンのコードを巻きながら、ふと手を止めた。

「喉、気をつけてくださいね」

佐久間が、最後に言っていた言葉だった。

胸の奥にあった温度が、すっと離れていった気がした。


月曜の朝、始業前の空気は少しだけざわついていた。

律が席に着くと、課長がフロアの中央に立っていた。

「おはようございます。ひとつだけ連絡です」

声が朗々と響く。

「入院中の田村さんのヘルプが、ついに、ようやく来てくれることになりました。拍手!」

律は、拍手の音に紛れて、課長の隣に立つ人物をちらりと見た。

スーツの色は控えめで、姿勢はまっすぐ。

髪は短く整えられていて、表情はまだ硬い。


「企画営業部から異動になりました。今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします」

近くで聞くその声は、今までより少し低く、柔らかく響いた。


皆に一礼してから、休職中の田村の席——律の隣に、静かに腰を下ろす。

彼は、こちらを見て微笑んだ。

「……朝晩、冷えてきましたね。喉、大丈夫ですか?」

律は、イヤホンのコードを指で巻きながら、ほんの少しだけうなずいた。

「はい。……今日は大丈夫です」


AI「スピッツ『春の歌』」

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