さいごの手紙
私たちの齟齬は年々大きくなっていきました。埋めようのない価値観の溝が無視できなくなるにつれ、毎日会っていたのが週ニ、週一、月一と間遠くなっていきました。あの白いテーブルも今では埃をかぶっていることでしょう。それとも捨てられてしまったのでしょうか。
一度だけあなたの高校の友だちと一緒にパーティーをしたことがありましたね。大きな白い紙に手描きですごろくの地図を作って遊びました。それがすごくふざけたコマばかりだったのでお腹がよじれるくらい笑い転げたのを覚えています。みんな気さくで優しくいい人たちでした。
私もまた新しい恋をしました。中学校の教室に浮かんだ一つの泡のような世界から抜け出て、別々の世界を持ち始めていたのです。
それでも友だちで居続けました。
高校卒業後、あなたは県内にあるイラストレーションの専門学校へ、私は東京の大学へ進学しました。チェルノは自衛隊に入隊したとあなたから聞きました。あの三人で集まることはもうないでしょう。
私はあなたに「いつかあなたのイラストを買わせてほしい」とお願いしました。あなたは、そのときどきの私の新しい恋の悩みに耳を傾け「君が女の人と結婚式をするなら呼んでほしい」と言ってくれました。私も「ぜったい呼ぶよ」と答えました。
あの約束、果たせませんでしたね。私はあなたとの約束を破ってばかりです。
でも信じてほしい。あなたの描く女の子の絵をわたしはほんとうに買いたかった。あなたの絵のクセ。あなたの描く女の子はみんなやわらかな丸みを帯びていました。
私が都会に出て数年後、あなたもまた東京に出てきました。私にはじめての彼女ができて浮かれているころでした。
あなたから連絡が来て一緒に遊ぼうということになりました。
あの日を私は忘れることができません。
あなたがもはや魔女ではないと悟ることになった日です。
その日、私はすっかり舞い上がっていました。
あなたと久々に会える。
こんなにうれしいことはありません。
あなたはAxes femmeのフリルのついたワンピースを着ていました。広い公園を散歩しながら話をしました。
当時付き合っていた彼女のことを話したような気がします。彼女のことを話すと、あなたは理解できないといった目で私を見ました。今思うと当時の彼女はひどい人でしたが、恋は盲目とはよく言ったもので私は冷静ではありませんでした。
あなたは専門学校を卒業してからしばらくバイトをしていましたが、オンラインゲームで知り合った一回り以上歳上の男性のアパートに身を寄せているようでした。6畳1kのアパートで一緒に暮らしているとあなたは言っていました。
急に影が差したような心地がしました。
私は、魔女の修行のことを持ち出しました。
あなたが苦いものを噛んだような表情をしました。
そして本当に嫌そうに「なんでその話をするの?」と言いました。
バカな私はあなたがいつまでも魔女だと信じていました。信じて疑わずあなたが魔女であることを誇らしくすら思っていたのです。
けれどそれは、あなたとってもうとっくに消し去りたい過去となっていました。黒歴史です。
あなたはもはや魔女ではなく、うさぎ小屋のように狭い部屋で男と暮らしていました。
私が魔女の話をはじめたのを嫌がらせの一種としてとらえているようでした。
一転、恥ずかしくいたたまれない気持ちになりました。
気まずくなって別れました。
後日、あなたからメールが届きました。
私に失望し怒りを覚えたことが書いてありました。
それから追記されてました。
「今だから言えるけど……」とはじまったそれに私は震えました。
あのころ、私たちが教室の同じ小さな泡のなかで呼吸してたころ、チェルノがあなたを見つめ続けていたころ、あなたもまた女の子に恋をしていました。
誰に恋をしていたのか。
それはベル……私でした。
私にだけ魔女の秘密を教えてくれたのは、そういうことだったのでしょうか。
私があなたに恋していたから言えなかった、とあなたは言いました。
高校生になったころにはもう、私への恋心は消えていたのだと。
今ではそれぞれ別の人と付き合っているから言えるのだと。
私は、幼すぎました。
大人になってもあなたよりずっと幼いままでした。
ほんとうにごめんなさい。
愛していました。大好きでした。
ありがとう。
結局あの日が最後に会った日になってしまいました。もうずっと会っていません。これから会う機会もないでしょう。会いたいけれど、私たちの人生は交差し離れていきました。
長々と失礼しました。
ここに書かなかったこともあるしフィクションも多少交えましたが、ほとんど本当のことを書きました。
書き続けるうちに思い出したこともあります。
これを書きはじめたのは、友人たちに書いてほしいと言われたのも理由の一つですが、一番の理由は私があなたとのことを思い出して形にしたかったからです。
幸福でした。
感謝しています。
はじめて好きになったのがあなたでよかった。
あなたがずっとずっと幸福であることを祈っています。




