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×××
目を覚ますと、そこは森の中だった。目をぱちくりさせて身を起こす。周りを見回してみると、ひたすら木しか見えなかった。
「……生きてる?」
自身の手を見つめて、喉に触れてみる。苦しくない。私は立ち上がり、森の中を進んでみることにした。これはきっと、夢なのかも知れない。
しばらく歩いていくと、森を抜け、広い草原のような場所に出た。振り返ると、今まで歩いてきた森が見える。結構歩いたな、と思ってハッとする。
「疲れて、ない」
近くに水たまりができているのを見つけ、私はふと近付いてみる。覗き込んでみると、そこに映っていたのは私――桜井莉々じゃなかった。
ゆるく巻かれているようなふわふわの髪に、丸くて大きな目と小さな鼻。人形のような美少女に、思わず笑みが零れる。すると、水たまりに映る彼女も笑う。
「アイドルみたい」
ふふっと笑って水たまりから離れる。別の人生を歩むことになった、ということだろうか。
「赤ちゃんからじゃないんだ」
不思議に思いながらも、草原を進んでみる。どんなに歩いても疲れない事実に、胸がぎゅっとなる。ゆっくり歩いていた足を速めてみる。そして、そのまま駆け出す。私、こんなに歩いてる。走ってる。どこも痛くない、苦しくない。喉も――
ハッとして足を止める。
「あーー」
何度か声を出してみる。少しずつ、声を大きくしていく。今までなら、すぐにぴりっとなって咳込んでしまっていた。頬が緩むのを感じる。今の私なら。
私は静かに歌い出す。初めて自分で作ってみた楽曲。ずっとベッドにいて暇を持て余していた私が、つたない手でぽちぽちと音をパソコンで奏でた楽曲。思いきり歌っているのに、一瞬も苦しくならない。くるくると回り、ゆるやかに踊りながら歌う。
サビに入ると、ぱぁっと草原一面に花が咲いた。目を丸くして驚くが、気にせず歌い続ける。笑みを零しながら、私は一曲を歌い終えた。
その時。草を踏む音と共に自分じゃない声が聞こえた。
「ねぇ、あんた」
びくりと身体を揺らして声の方向を向く。そこには、私と同じ高校生くらいのショートヘアの女の子がいた。クールな目元が綺麗な子だ。
「今、何をしたの?」
彼女は驚いた様子で言葉を続ける。
「え?」
「今の魔法よ! 花がパァッて咲いたでしょ? すっごく綺麗だった!」
前のめりに笑顔で近付いてくる彼女に、私は首を傾げた。
「魔法?」
「うん! 何の魔法を使ったの?」
「何の……ごめんなさい。私にもわからなくて」
困った顔で返すと、彼女はきょとんとした。
「でも、あんたの歌に反応して咲いてたよね?」
「た、多分……?」
二人で不思議そうな表情で顔を見合わせる。
「あんた、魔法士じゃないの?」
「マホウシって……?」
「うそ、魔法士を知らないの!? どこの田舎から来たのよ!」
ぎょっとした様子の彼女に私は曖昧に笑う。
「ごめんなさい。どこから来たのかも、この世界のことも何も知らなくて」
「何それ。記憶喪失ってやつ?」
うーん、と唸りながら首を傾げる。記憶ならある。人生が終わった時の記憶が。
「大変ね。あたし、エルナっていうの。あんたは? 名前は覚えてる?」
「私は……」
俯いて少し考え、ゆっくりと顔を上げる。
「私は、リリィ」
「リリィね。よろしく。ね、リリィ。行くとこないならさ」
そう言ってエルナはにぃっと笑う。
「うちにおいでよ」
その笑顔に、私は瞳を輝かせて頷いた。