ep.5 俺は見たい
トビとデートしてしばらく経ったある日、うさぎの元に一通のメールが届いた。渋谷で行われるコラボカフェの運営からである。
どうやら、予約制のカフェの入場券らしい。時間帯はいつでもよく、しかもちゃっかりペアチケットだ。
これは、一緒に来いと無言の圧力がかかっている。
トビビツのゲーム内結婚は、世間を騒がせトレンド入りを果たし、テレビニュースでも報じられた。
有名になったものだと思ったのも束の間、結婚式を開けと一部の過激派が声を上げていたため、公式のイベントとして結婚式の準備中である。
「まあ、行こうとは思ってたし……」
芹沢と朝瀬と行こうとはしていた。
もうすでに予約もしている。つまり、二回も行けるということ。今回のコラボカフェはたくさんの人に来てもらうべく、予約は一人一回までとなっているのだ。
ビッツで良かったと初めて思った。
「おはよう、雪」
「おはよ、うさぎ」
朝瀬に声をかけて、ふと芹沢がいないことに気づく。そのことに気づいたのか、朝瀬が口を開いた。
「風邪だって。週末のコラボカフェには間に合うってさ」
「そっか、後で連絡しよ」
うさぎは教室へ入ろうとして……。
「んぎゃっ」
頭上から何かが降ってきて、頭に当たる。涙目になって足元を見ると黒板消しが転がっていた。
「というわけで、当たったのは夏目さんでしたー! 山田に賭けてた奴負けなー?」
そう楽しそうに言ったのはクラスのお調子者、葛谷。うさぎは思わず黒板消しを葛谷の顔面に投げつける。
葛谷は驚いて尻餅をついた。
「さすがのエイム……」
後ろで朝瀬の声が聞こえた。
「ふざけた遊びに、私を巻き込まないで」
「………はい、すみません………」
うさぎは葛谷を見下ろして、頭をさする。
クラスメイトがこそこそと話し合っている。怖いだの、大人気ないだの言う中で、トイレから戻ってきたと思われる学級委員の楠根くんが声を上げた。
「葛谷! 俺、やめろって言ったよな!? ごめん、夏目さん。俺の監督不行届きだったわ」
そう言ってうさぎの前で手を合わせる。
うさぎは楠根くんに向かって首を振る。
「いいよ、髪の毛が少し白くなっただけだし。お互い黒板消しぶつけ合ったからおあいこだし」
「せっかく可愛くて綺麗な髪なのにね」
楠根くんはそう言うと、どうやったら粉がおちるか考え始めた。うさぎは朝瀬を誘って手洗い場へと向かおうとする。
そこで、葛谷に呼び止められた。
葛谷は申し訳なさそうに頭を下げて「ごめん」とだけ言った。うさぎも「気にしてないよ」と頷いてその場はおさまった。
◇◇◇
葛谷は頭の白い後ろ姿を見送って「はぁあああ」とその場に頭を抱えてうずくまった。
クラスの、いや、学校の高嶺の花ランキング堂々の第一位に輝いたあの夏目うさぎを怒らせてしまった。
「どんまい、だからやめろって言ったろ?」
楠根の声に葛谷はむっと口を尖らせる。
「この時間は山田が来るんだよ。夏目さんは芹沢たちと廊下で駄弁ってるじゃんか」
「そういや、奏ちいなかったよねー」
「てか、肝心の山田もいなくね?」
クラスの女子たちが声を上げた。
楠根はそういえばと口を開く。
「山田のやつ、渋谷のコラボカフェがどうとか言ってたな」
「ディストピアオンラインのコラボカフェだろ!? 今日が初日だ! あんにゃろう抜け駆けしやがったなぁあああ!!!?」
葛谷の悲鳴がクラスに響いて、皆んなが笑う。
今日も、一年二組は賑やかである。
◇◇◇
黒板消し事件の週末、復活した芹沢と朝瀬とうさぎのいつもの三人で渋谷までやって来た。
目指すはコラボカフェ。
オリジナルグッズも付いて来るらしいので、楽しみでしかない。狙うは、フレンドの中でトビを除き唯一コラボカフェに登場している東のアクスタだ。
東は奇術師という珍しい職業でありながら、第一線で輝くネカマになりきれていないネカマである。
トビは苦手意識があるらしく、東といるときだけは流石のトビも近づいて来ないという特殊パッシブスキルの持ち主だ。
「東さんのアクスタ、絶対出す!」
長い列に並びながら、三人で駄弁る。こいうとき、一人じゃないというのは素晴らしい。
「二人は何狙い?」
「トビビツの激レアアクスタでしょ!」
周りに並んでいた人たちもなぜか頷いている。
それなら、家にあるよと言いかけてやめた。直接貰ったやつがあるよは身バレする。身バレ、ダメ、絶対。
このコラボカフェのグッズはアクリルスタンドとアクリルキーホルダー、クリアファイルがあるのだが、基本的にはコラボしている人気プレイヤーが一人だけで写っている。
そんな中、激レア枠として唯一のペア画で描かれたのが無類の人気を誇る公式カップル、トビビツだ。
ちなみに、推しが出なかった人のために出口の売店で全員集合クリアファイルが買えたりする。
「トビビツのあの絵、マジでわかってるのよ」
うさぎの知らぬ間にトビビツのファンになっていたらしい朝瀬は語り始める。
「まず、カフェってことでウェイトレス姿ってのがいいんだけどトビがビッツ見て笑ってるのに対してツンデレのビッツはトビではなくて正面を見て笑ってるの。この二人の絶妙な距離感、ああ!見つめ合えばお前ら!!」
早口だった。
うさぎは苦笑しながら打ち合わせの時のことを思い出す。イラストを描いてくれたイラストレーターさんも、これぐらい早口だったなぁ、と。
「トビビツだけは引きたくないなぁ」
もう持ってるしと小声で呟いて、軽く朝瀬に首を絞められた。死ぬかとは思わなかった。
うさぎはぴょんぴょん跳ねて列がどれくらい続いているか確かめた。かなり人が多い。
予約制にしてもこれなのだ。自由参加じゃなくて本当によかった。
「まだ人いるよ」
「もっと早く来ればよかったね」
その時、後ろから声がかかる。
「あれ、ビ………じゃないですか」
「その声は」
後ろを振り返ると知らない顔の男性がいた。しかし、声だけでわかる。
「東さん」
「やだなぁ、俺は世界一の最強マジシャン、東山興一郎! お姉さん、俺と最高のランチをどうですか?」
そう言うとどこからともなくバラが差し出された。
もしかしなくても、一緒にコラボカフェメニューを食べたいと言っている。
チラリと朝瀬と芹沢を見ると頷いていた。
うさぎはバラを受け取って匂いを嗅ぐ。ちゃんといい匂いがした。
「私のアクスタになって下さい」
「………嫌ですよお、彼に殺される………。裏で絞められる………」
「大丈夫?」
何をされたんだろう。
「あ、私の名前まだでしたよね」
学生証を取り出して見せた。
興一郎は「可愛らしい名前ですね」とだけ言うと学生証を返してくれる。
「興一郎さんは何を狙ってます?」
「ビッツの単体アクスタです! あのクソはいりません」
何やら鼻息を荒くしてそう断言した。
仲悪いというより相容れないんだろうな、あの二人。
「オカマじゃないんですね」
ふと朝瀬がそう言った。興一郎は腕組みをしてふふんと鼻を鳴らす。
「好きな自分になるのがゲームなら、俺はないたいものになってるだけですよ。あんなキャラでも仲良くしてくれるフレンドさんもいますしね」
うさぎを見てウィンクする。
やっぱり良い人だった。
「ここのメニュー、何が美味しいのかな?」
「私はトビビツサンド一択!」
「野郎がいなければ、俺もそれを頼んだのですが」
「全部美味しそうだよね〜」
「私は海斗ともう一回行くからなぁ」
「許せん」
「俺ももう一回行きますよ。前もって予約していたのが功を奏しました」
興一郎は嬉しそうにうさぎを見る。会えたのが余程嬉しかったらしい。
「そう言えば、オカキさんからユニークの話聞いた?」
「ああ。もちろん。プロで活躍した世界最強の銃士が最強のウサギの座を賭けて争うと聞いて、私もそのお手伝いに立候補致しました」
そんなに話広がってるのか? というか、なんだ、最強のウサギの座とは。そんなものはウサギに譲る。
うさぎは苦笑しながら、興一郎に向かって首を横に振る。
「皆んなで挑むのに私一人でやるみたいになってない?」
「俺はオカキくんからビッツが単体でやると聞きましたが」
「ばっくれようかな」
「俺は見たいけどなぁ……」
明らかに凹んでいる興一郎を見て悪い気がした。
1on1は聞いていないが、あとでトビにでも愚痴ればオカキに文句を言ってくれるだろう。
「次のお客様ー!」
「四人です」
自分たちの番が来たようだ。