ep.4 よろしく
芹沢と朝瀬を前にしてうさぎは満面の前で親指を立てた。
「リアルでも付き合うことになりました」
二人ともうさぎを抱きしめる。
「そっかそっか、お母さん嬉しいよ」
「あのうさぎが、うさぎが」
「お母さん、お父さん、今まで育ててくれてありがとうね」
二人はうんうんと頷くと、うさぎの肩にポンと手を置いた。朝瀬は真剣な顔で拳を握る。
「クソ男だったらお父さんに言いなさい、ぶっ殺すから」
「大丈夫だよ。かれこれ二年も相棒してるし」
そう。普通にデートして帰るだけ。だから、何もないはずなんだ。
「楽しみだなぁ……」
一度も告白されたことがない非リアが、いきなりこんなリア充イベントに参加してもいいのだろうか。課金してないのに。
◇◇◇
「お前、朝からキモいぞ」
海斗はにやけ顔を止められないまま友人達の方を見た。いつもの五人組、いつもの中庭。それなのに、何故か輝いて見える。
「世界って美しいな」
「黙れお前」
ビッツにリアルで会える。ゲーム内だけでなく、本当に付き合える。それだけで、もう何もいらない気がする。
「待てない、今日だぞ、今日の放課後なんだぞ!?」
「知らねーよ勝手にしろ」
「でも、気になるよねビッツの素顔」
一人はそう言っていつぞやの写真集を取り出す。表紙にいる女神こそ、ディストピアオンライン人気女性プレイヤー総選挙第一位に輝いた女だ。
可愛いだけではない。元々、プロゲーマーだったらしい。その頃のファンがプログラムを組んで投票したという噂もある。ちなみに、海斗もプログラムを組んだ。
「学園のプリンスとゲーム界の女王かぁ。見たい」
「見んな来んなクソが」
海斗はため息をついた。
友人達は面白いことが好きだ。気をつけて行こう。
◇◇◇
ハチ公前で制服姿のままスマホで時間を確認する。いつ来るだろうか、ちゃんと見つけてくれるだろうか。
「ビッツ……?だよね」
よく知った声に顔を上げるとイケメンがいた。制服は名門と有名な私立高校のもの。というか、この人のファンクラブがうちの学校にもあった気がする。
名前は確か。
「カイトさん」
「あ゛ッ!?」
「正解? それとも、トビって呼ぶ?」
トビはぎこちなく頷くと、学生証を取り出した。
時雨海斗と書いてある。高校二年生らしい。
「歳上なんだ」
「てことは高校一年?」
「うん。海斗は頭良いんだね」
そう言いながら、うさぎも学生証を探す。リュックの中身がごちゃごちゃしているせいでなかなか見つからない。
「整理整頓できないのは、こっちでもか」
ぼそりと隣から呆れた声が聞こえた。
「何か失礼なこと言った?」
「いや……」
「罰として、新作パフェ奢ってね」
「むしろご褒美……」
そして、ようやく学生証が見つかる。
「私、花宮東高校一年二組の夏目うさぎです」
「これはどうもご丁寧に」
海斗はぺこりと頭を下げると、ふっと笑う。
「なんか、うさぎさんってビッツよりぽわぽわしてるね」
「うん、ウサギみたいってよく言われる」
「小動物感すげぇもん」
「そういう海斗は、猛禽類みたい」
目つきは鋭いし、態度もゲーム内より刺々しい気がする。しかし、根っこの部分は変わらない。
「でも、優しいね」
「ふぁっ!」
裏返った声が隣から聞こえてそちらを見る。海斗は頬を染めてうさぎの頭の上に手を置いた。
「あんま煽んな」
「煽ってないよ褒めただけ」
ふと空を見上げてとあるものを見つける。
ディストピアオンラインの広告をしている電光掲示板がビルに取り付けられていた。ゴールデンウィークに行われるオリジナルコラボカフェの広告らしい。
そこには、先月撮られたトビビツのウェイトレス衣装の写真もある。
「初めて見た」
「渋谷来ねーの」
「うん」
会話が止まる。うさぎの悪いところだ。会話が下手くそな自覚はあるが、まさか二年間ゲーム内とはいえ付き合っていた相手にもこれとは。
「じゃ、面白いとこ案内してやるよ。うさぎさん、パフェが好きなんだっけ」
「甘いものは何でも好き」
「〈猫カフェ〉でもいつもココアだしな」
そういうトビはいつとブラックコーヒーばっかだよね。そう言おうとしたが、海斗が歩き始めたので言葉を呑み込む。
ああ、やっぱりダメだ。私には釣り合わない。この人は、学校でもきっと人気なんだろうな。
「海斗ってモテる?」
「何を藪から棒に」
うさぎは俯いたまま顔を上げない。
「……モテるよ。この前も告白されたし」
やっぱりか。うさぎは周囲を見回す。うさぎよりも派手で可愛い髪型の女の子達が、海斗を見て笑顔でコソコソ話をしている。
海斗の手がうさぎの手に触れた。二人の指が絡まり合う。
「でも、俺はうさぎが一番好き。だから周りは気にすんなよ」
「うん、ありがと」
人気の街角カフェにやって来た。
目の前には豪華絢爛なチョコレートパフェ。どうやら、カップルで食べるものらしい。
一口食べて目を輝かせる。
「……ぅめぇ」
ボソッと「かわええ」と聞こえた気がしたが、チラリと見た海斗は平常運転だったので気のせいかと納得する。
「海斗も食べなよ」
「え?」
「二人前のパフェだし、スプーンも二個あるし」
「間接キス……」
うさぎはきょとんと首を傾げる。そんなことなら。
「ディープまでならしたことあるじゃん」
「ゲームの中でな!?」
「まあまあ、そう言わさんな」
「おばあちゃん、そんな単純な問題じゃないの!」
このノリの良さ、素晴らしい反応速度だ。
海斗は諦めたようで、大人しくパフェを食べ始める。思ったより一口が小さくて思わず笑ってしまう。拗ねた顔をしてこちらを見てくる。「なんだよ」と口が動いた。
「可愛いなって」
「もう、なんでもいいや」
二人で他愛もない話をする。学校のこと、勉強のこと、部活のこと。
「うさぎは何部なの」
「私は写真部! 大会とかにもついて行って選手の写真撮ったり。いつもは校内で鳥とか空とか撮ってる」
スマホに転送した写真をいくつか見せた。
「海斗は?」
「俺はバスケ」
「なんかぽいかも。そういえば、今度の総体、私の担当バスケだよ。会えるかもね」
わかりやすく、海斗の目が輝く。
「でも、桜凛の応援はしないよ」
わかりやすく、海斗の目が沈む。海斗の通っている桜凛学園高校はバスケの強豪校であり、全国で注目されている。さらに、世界で活躍する選手も輩出するすごい高校。
対する花宮東高校も、バスケは強い方らしいが桜凛学園には勝ったことがないらしい。
「花宮東勝ったら面白いのになぁ」
「お前、そういうとこ変わらんよな」
「何の話?」
「冷たいって話だよ」
二人で笑い合う。
この人といると静かに時間が流れていく。気を遣わなくてもありのままで受け入れてくれる。
好きだ。初めて会ったのに、この人ならと思ってしまう。
「パフェ、大きいね。晩御飯食べられるかな」
「デザートは別腹って言うじゃん」
うさぎはぷぅっと頬を膨らませてから海斗を睨む。
「そんなのは、嘘」
「そうなんだ……。昔、俺が高級レストランエスコートしてその後俺が作ったチョコを『別腹』って言って食べてくれてた時のあれ全部嘘だったんだ」
なぜ、そんな昔のことを覚えているんだ。
というか、今の会話の流れでそれを言うんだ。
「……………や、優しい嘘ってやつだよ」
「その間は今思い出したやつだよね。あれ嬉しかったんだからね俺」
うさぎはうんうんと頷いて、パフェを海斗の口に捩じ込む。
海斗は嬉しそうに、だが少しムッとしたようにパフェを噛み締める。
「あの時は……チョコ食べたらもう少し長くトビと一緒にいれると思って」
ぼそっと呟いただけだが、ちゃんと聞こえていたのか、海斗はテーブルに突っ伏していた。対面からでもわかるくらい耳が赤くなっている。
うさぎはふっと笑って、海斗のつむじをつついた。
「可愛いね、トビ」
「彼女に可愛いって言われて喜ぶ男はいねーから」
海斗と笑い合う。
この人と出会えて良かった。
プロを引退して、ディストピアオンラインを始めてよかった。きっとこれからもそう思わせてくれる。そう思えた。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
二人の恋が始まった。