ep.3 いいよ
週末、旧渋谷にある知る人ぞ知る秘境の店〈猫カフェ〉にてビッツは膝に猫又のテイムモンスターであるカムカムを載せてココアを飲んでいた。
〈猫カフェ〉は店主をしているプレイヤーが猫人というだけで本当の猫カフェではない。
この猫又モンスターはビッツのものである。
名前の由来は、この子がよく噛んで食べる子だからという自分でもよくわからないものとなっている。
「緊張してますか?」
店主の声に顔を上げた。
リアルではサラリーマンをしており、二人の娘と一人の息子を育てるパパらしいが、子供のときの夢だったカフェを経営するという夢をゲームで叶えたすごい人。
開店不定期な上、入り組んだ場所にあるため人が少ないが本人曰く、秘密基地みたいなカフェにしたかったらしいからこれで正解なのかもしれない。
ビッツも一人でふらふらしているときにたまたま見つけたのだ。
「それは、まあ。二人で話し合うなんて、今の家買った時以来だし」
でも、それ以上に緊張しているのは。
「ロールプレイって言われたらどうしようって」
「僕がトビくんを見ている感じ、想いは本物だと思いますよ」
「そう言ってもらえると少し安心します」
ビッツはカムカムを撫でながらちらちらと扉を盗み見る。いつ開くだろうか。
カランコロンッ。
よく見慣れた剣士の青年が入ってくる。
左耳にはビッツとお揃いのピアス。
視線が交差する。
「お待たせ」
「ううん、ちょっと早めに来たから」
そう言ってメニュー表を渡す。トビはメニュー表を開くまでもなく、店長に「コーヒーで」と言うとすぐにビッツを見た。
「この前はごめん。ログインしないって嘘ついて、リクのこと家に上げて、…………いきなりあんなこと言って」
「そんなに、怒ってないよ。びっくりしただけ」
トビの動きが固まる。
「なんか、変なもん食った?」
「え?」
「今日、やけに素直だなーって」
そうかもしれない。
「ちゃんと、話し合いたいから」
「そのことなんだけど、ほら昼にメール送ってくれたじゃん?」
店長がコーヒーを持ってくる。同時にショートケーキを置いた。
「サービスです」
「ありがとうございます」
「頑張れ、トビくん」
「ゔっ」
トビはショートケーキのいちごを思い切って食べると真っ直ぐビッツを見た。
「俺は本気だ。ロールプレイとか関係なしに、ビッツのこと好きだ。だから、結婚もしたいし、本音を言うならリアルでも付き合いたい」
ビッツは自分の心臓の音を感じながら、トビを無言で見つめ返す。自分には、そこまでの気持ちがあるのか? そう問いかけてバカらしくなる。答えなんて、決まってる。
「いいよ」
「えっ」
「結婚と、お付き合い」
ビッツはいちごを避けてショートケーキを一口食べる。生クリームがとても甘かった。
トビは顔を赤くしてコーヒーを飲み干す。
「マジで!?」
「うん。私も、トビのこと好きだから」
そのとき、カランコロンッと扉の開く音がした。そこにいたのはよく見知った顔。
攻略クランである〈解放戦線〉のリーダー、オカキである。
「見つけた! 二人とも、手伝ってくれー!」
オカキはトビを見ると首を傾げた。
「なんだよ、そんな顔すんなよ、デート中だったのか?」
「今いいとこだったんだよ゛!!」
「は?」
ビッツはショートケーキを食べながらオカキに会釈する。トビのゲーム友達……ということまでしか知らない。何度か攻略を手伝ったが、事務的な話しかしたことがない。
元々、明るい人は少し苦手だ。でも、トビだけはなぜか一緒にいると落ち着く。自分でも、よくわからないが。
「手伝うって何をですか?」
「新しいユニークモンスターが確認されたんだよ。そんで討伐隊を組んでて。ゴールデンウィーク中なんだけど」
「俺、部活」
「私はいけますよ」
「やっぱ俺も行く」
トビは何をそんなに焦っているのか。
「無理しなくてもいいよ」
「ここで引いたら、俺は俺が許せない」
「かっこつけんな、ビッツが他の男といるのが許せないんだろ」
ビッツはため息をついて、最後まで残したいちごを食べる。甘酸っぱくて美味しい。
「ユニークモンスターってどんなのですか?」
「ウサギだよ、武闘派の。世界を滅ぼした魔王軍の幹部じゃないかと噂されている」
そのユニークモンスターは、旧鎌倉に出現するウサギ型のモンスター【ナックルラビット】の突然変異種と推定され、攻撃力は装備なしの初心者を一撃粉砕するほどだという。
大きさは極めて小さく、攻撃力の高い大剣はかわされ、弓は当たらず、先行隊は全滅。
「そこで、最強の銃士と最強の剣士を探してたわけさ!」
ビッツは元々、銃撃戦オンリーのバトルロイヤル系VRゲームのプレイヤーだった。それこそ、U15世界大会で名を馳せた猛者である。
こうして時折、攻略クランから声がかかるのはしょうがないことなのだ。
チーム内の揉め事でそのゲームを辞め、ディストピアオンラインをはじめ、そこではじめて出会ったのがトビである。
「うーん、相手の速さにもよるけど、頑張ってみます」
「よろしく頼む!」
「じゃあ、フレンド登録を」
「俺に連絡してくれたら、ビッツに伝えるから!」
「ちっ」
こんな風に、ビッツとフレンド登録をしようとした男性プレイヤーはトビに横槍を入れられる。そのせいで、ビッツのフレンドはトビ以外みんな女性である。
「じゃ、またなー」
オカキが出て行くとトビはチラッとビッツを見た。
「さっきの、もう一回言って」
「なにを?」
「オカキが来る前に言ったことあるじゃん」
『私も、トビのこと好きだから』
思い出して、ビッツは頬を赤く染める。顔が熱い。もう一度、言え?
「無理、調子に乗らないで」
「ごめん……」
絵に描いたようにしょぼんとしているトビを見てビッツはくすっと笑う。
「いいよ。いつ会える?」
「いつ?」
「リアルでも付き合うんでしょ」
「なっ!?」
店主は微笑みながら、カウンターでお皿を拭いている。静かに時間が流れていく。
「じゃあ、明日」
「あっ、あした!?」
「渋谷のハチ公前で」
「あっあっ、マジ?」
なにか、目印があった方がいいだろうか。わかりやすいもの、一眼で自分がビッツだとわかるような。
「服……どうしよう。なにか、目印あった方がいいよね」
「いや、俺に試練をくれ」
「?」
「ハチ公前で待ってて俺が声かけるから」
確かに、ビッツのアバターはリアルとそれほど差はない。しかし、纏う空気はやはり違う。うさぎはもっと、ぽやぽやしている……気がする。
「最悪、メールあるしね」
「少しは運命力と愛を信じてくれ……」
「信じてるから、最悪なんだよ」
「っ」
トビは顔を染めて後頭部をかく。照れている時や、気まずい時によくする癖だ。
「じゃあ、また明日」
「うん、また、明日」
膝の上で寝ていたカムカムが起きて欠伸をする。
恋が始まろうとしていた。