ep.2 どういう意味?
失敗した。
どうしても彼を目の前にすると刺々しくなってしまう。嫌われた。今度こそ流石に……。
夏目うさぎはため息をつく。謝ったら、許してくれるかな……?
「というか」
告白、されたような気がする。ずっと好きでした、結婚してください的なことを言われた気がする。
ディストピアオンラインには結婚機能がある。ゲームをより現実的にするためらしい。夫婦でゲームをしている人の中にはゲーム内でも結婚する人がいるようだ。
「好きって、どういう意味?」
明日、芹沢と朝瀬に相談しよう。そう決意した。
◇◇◇
失敗した。
時雨海斗はベッドにうずくまって心を落ち着かせた。
わかっていた。ビッツは元々照れ屋で、好きとかまともに言えない子で、口下手で、繊細で、とにかくちょっとしたことで傷つきやすい子なのだ。
それなのに、リクを部屋に上げたせいで変な勘違いをさせて、泣かせて、その後告白して……。頭の中をパンクさせてしまった。あんなことを言わせてしまった。
「俺、だっせ……」
謝ったら、許してくれるだろうか……?
『さっきはごめん。今週末、またゆっくり話し合いたいです』
とりあえず、メールを送った。
もう会いたくないとか言われたら、寂しくて死んじゃうかもしれない。そう思いながら、返事を待つ。
◇◇◇
「雪ぃい」
朝瀬を見つけ、うさぎは抱きつきながら情けない声を上げる。
「うさぎどうした!」
「ぅうう、奏ぇえ」
隣にいた芹沢にも抱きつく。
周りの視線はなぜか気にならなかった。
「いつの間にそんな面白いことしてたの」
具体的なプレイヤー名などは伏せて、昨日の流れを伝えると朝瀬が面白そうににやついた。
「笑い事じゃないの、真面目に考えてよ」
「謝ればいいじゃん」
うさぎは昨日のメールを見る。
あの銃士の少女は素直に謝れないのだ。もう少し素直になれたのなら、こんなに拗れてない気がする。
「うん……謝るよ。でも、それよりも、『好きです』ってどういう意味かなって」
朝瀬と芹沢は顔を見合わせると深いため息をついた。そして、朝瀬はうさぎの肩に手を置く。
「結婚してって言われたなら、恋愛的な好きってことでしょ。うさぎも、その人のこと好きなんだよね」
「……ロールプレイだと思ってたから、てっきり、そういうことする人じゃないと思ってたから、だから……」
信じられない。
ずっと、トビは恋愛ごっこをしてるんだと思ってた。本気でトビのことが好きな自分と違って、トビにはきっとリアルに彼女くらいいるんだろうなとか思ってた。
「その“好き”がロールプレイなのか否かが知りたい、ね。なら、尚更話し合いに行くべきじゃない?」
「でも、もしそうだよって言われたら……」
沈黙。
二人を困らせている自覚はある。これだから、ゲーム内恋愛なんてするべきではないのだ。
特に、ビッツには恋愛は難しい。
とりあえず、メールを送らないことには始まらない。
『今週末、旧渋谷の〈猫カフェ〉で。集合は朝8時。異論は認めない』
「脅迫メールかよ」
朝瀬にツッコまれるが、うさぎはため息をつく。
「あの人の前だと、欲しい言葉が出てこないんだよね」
「本物だわこれ」
「ところで、なんて言うゲームなの?」
それくらなら、言っても大丈夫だろう。
「ディストピアオンラインだよ。世界一有名なタイトルの」
朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。先生が教室に入ってきた。そういえば、先生はリクのファンだったっけ。
「皆んな、昨日の配信見たか!?」
「見ました!」
「マジやばだった!」
「あれほどの絵に描いた修羅場ってあるんだね」
嫌な予感がした。
ああ、そうかそういうことか。
「トビビツどうなるんだろうな!」
アレは全てリクの手によって配信されていたのである。皆んなが思い思いに昨日の感想を語り合う中、全てを察した朝瀬の視線が刺さる。
全力で首を振って、人差し指を立てて唇の前に持ってくる。
『お前、やったな』
口パクでそんなことを言われた気がする。
昼休み。
移動教室やなにやらで幸運にも今まで芹沢と朝瀬と話すタイミングはなかった。
「うさぎってそんな有名だったの」
「私リクは見てないけど、トビビツなら知ってるよ?」
実際、ゲームの公式イベントに参加したこともある。結局、緊張でトビに暴言しか吐かなかった記憶しか残ってないが。
「有名だからこそ、他人には中々話せる内容じゃなくて……。でも、配信されてたんだね」
「まあ、泣いてるとこ配信されたらそりゃ嫌だわな」
うさぎはスマホを取り出して、配信のアーカイブを見始める。
「見るの!?」
「やっぱ見ておかないと」
ビッツが泣き始めた瞬間、トビがカメラに割って入りビッツの泣き顔が映らない位置に移動していた。
うさぎは目を見開く。昨日、自分はそんな余裕なかったのにそんなことまで考えていたのか。
「やるなこの男」
朝瀬が爪を噛みながら言う。芹沢も頬に手を当てながら微笑んだ。
「この人なら大丈夫だよ。ちゃんと仲直りしなよ」
「仲直りはするよ。でも、その後の問題がある」
そう仲直りした後に、うさぎはプロポーズの返事をしなくてはならないのだ。そのためには聞く必要がある。あの言葉の本当の意味を。
「週末は戦だね」
「なんでよ」
「真面目だから、うさぎは」
◇◇◇
昼休み、いつもの五人組。中庭で弁当をつつきながら、海斗は実に情けない顔のままブツブツと呪文を唱えていた。
「どうしたの、あれ」
「なんか、好きな子怒らせたって」
「学園のプリンスも女一人であの座間か」
「可愛いの?」
スマホに映されたのは、公式美人プレイヤー写真集の表紙を飾る銃士の少女。
花束を抱えて白いワンピースを着て笑っている。
「天使………!?」
「本人曰く、リアルとあまり顔は変わらないって」
「めっちゃタイプ!!」
「俺の女だっ!」
呪詛を唱えていた海斗が咄嗟に叫んだ。
しかし、返事がなかったことを思い出して再び項垂れる。
「ああああああああ!!!!」
そして、急に発狂し始める。情緒が不安定らしい。週末まで待てるわけない。どうして今日会おうと言えなかったのか。
その時、ピコンと海斗のスマホが鳴った。海斗は急いでスマホを開く。ビッツからだった。
『好きってどういう意味? ロールプレイ?』
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
伝わっているどころか、遊ばれてると思われている。色々解かなければいけない誤解がある。
『全部ちゃんと会ってから話そう』
きっと自分のこの想いはメールなんかじゃ伝わらない。直接話すのだ。
「時雨くん、ちょっといいかな」
同じクラスでマドンナと呼ばれている人だ。海斗はニコリと仮面を貼り付けて手を軽く上げる。
「おーす、どうした? 数学の課題なら出したけど」
「ちょっと、ついてきて」
海斗は立ち上がって、近づく。
連れて来られたのは人気のない校舎裏だった。
「好きです、付き合ってください」
「ごめん。俺、好きな子いるから」
告白される度にそう言って断ってきた。好きな人がいるのは事実だ。この前、その子に告白して怒らせたことも事実だ……。
「嘘よ」
マドンナは自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべた。
「そう言って断ってるらしいけど、女の子といるところなんて目撃されたことないし」
「それは……」
海斗は後ろ首に手を当てる。どう言ったものか。
「それとも、ブス専とか?」
ああ、この人無理だな。そう思った。
「ごめん、俺はそうやって人を見下す人はタイプじゃないんだ。もう話しかけんな」
海斗はため息をついて、中庭に向けて歩き出す。
ビッツはトビに対しては口は悪いし、刺々しいが、人を見下すことはしないし、戦闘だって人をよく見てフォローしている。
ガチギレしてるところも実は見たことがない。あの時も、怒られたが本気で怒っているというよりは困惑してるだけだったし。
会いたい。
心の底からそう思った。
プレイヤーネームの由来
海斗→kite→トビ