第6話 思春期
「まったくなんて無茶をするんだ!」
クオセルと家に帰ったルーシャは父であるフルドからきつく叱られた。
「駆動巨人が戦っている所を見てみたかったのよ……」
「死んでいたかもしれないんだぞ」
「……考えなしだとは思ってる…… 反省したからもう説教はやめて」
娘の言葉にフルドは呆れてしまったようだ。
「申し訳ございません、クオセル様。私の躾がなっていないばかりにご迷惑を……」
「まあ、ルーシャも反省しているようだし、叱るのはこれくらいでいいんじゃない?」
「は、はぁ。しかし……」
「俺は疲れたから部屋で休ませてもらうよ……」
そう言って二階に上がっていった。
「ま、次からは気を付けるわよ……」
「……はぁ。やはりお前を魔術師にすべきではないのかもしれんな」
「それってどういう意味よ……」
「母さん続いてお前まで失いたくない。くれぐれも、危険なことは控えてくれ
ルーシャの母は二年前に病で死んでいる。
「……母さんのことは関係ないじゃない」
「関係なくはない。私にはもうお前しかいないんだ…… 分かってくれ、ルーシャ」
「そういうのが重いのよ……」
ルーシャもこの場にいるのが嫌になって、階段を駆け、二階に上がる。
「おい、待てルーシャ!」
下から父の声が聞こえたが、無視してクオセルの部屋の扉を開ける。
「……せめてノックぐらいしてほしいね」
クオセルはベッドに横になっていた。
「……いいじゃない。ここはもともと私の母の部屋よ」
「ふーん、そうなんだ。でも今は俺が借りてる」
ルーシャはなんだかむしゃくしゃした気分をクオセルに吐き出したかった。
「ねえ、なんで私達ノイドに自由はないの? こんな島に閉じ込められて、どこにも出られず……」
「急にどうしたの…… 共和国は魔力がすべてなんだ。魔力を持たないノイドの血が混じると、その子供もノイドになる可能性がある。だから、島に隔離する」
「分かっている…… そんな教科書通りの答えが聞きたいんじゃないの…… なんでそれがまかり通っているのかってことよ」
こんな非人道的なシステムが共和国で許容されていることが、ルーシャにはやはり納得がいかなかった。
「ま、みんな怖いんだよ」
「怖い?」
「そうさ。最近は大きな戦闘は無いけど、ウーシェオ帝国とは敵対している訳だしね…… 強い魔術師が沢山いなきゃ、いつかウーシェオに負けてしまうかもしれない。その恐怖がノイドの排斥に繋がっている訳」
クオセルはベッドから上半身を起き上がらせる。
「あと、共和国内にだって本当に自由があるかどうか…… 婚姻は魔力量によって決められる。魔力の低い者が高い者に恋することも、その逆だって出来ないんだ。帝国内にいても魔力が低い者は惨めな扱いさ」
「じゃあ、どこに行けば自由になれるのよ……」
ルーシャはうなだれる。
「そんな世界どこにもないんじゃない? むしろあんたの立場なら、この島が一番マシだと言えるよ。島の中では裕福な家の生まれで、あんた自身がここでは差別されることはないだろう? 別に魔術師にならずとも、ここが一番自由かも」
「……母も似たようなことを言っていたわ……」
「そっか…… まあ、親父さんには心配をかけないことだね…… 俺が言えるのはそれだけ」
ルーシャはそれでもクオセルの言葉にまだ納得がいってなかった。この島が自由というなら、この息のつまるような感覚の正体が説明付かない。
「それでも、私はこの島を出て共和国に行きたい。ノイド上がりだと馬鹿にされても、自分の実力で特権を掴みとって見せる…… そして……」
ルーシャは拳を握りしめる。
「いつか、ノイドがこんなに貧しく不自由な境遇に置かれない共和国をつくってやる!」
「……あんたの人生だし、俺は反対しないよ」
そう言ってクオセルは再びベッドに倒れ込み、眠りについた。
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「旦那様、紅茶をお持ちしました」
ルーシャの父フルドの書斎に、この家のメイド、メリサが入ってくる。黒髪にブルーの瞳を持つ、妙齢の女性であった。
「……ああ、ありがとう」
「どうかされました?」
「いやなに、少し娘を叱りすぎたかもしれん……」
フルドは娘を心配するあまり、つい言葉がきつくなってしまったと反省していた。
「私もこっそり聞いていましたが、アレは旦那様が正しいと思いますよ」
「……相変わらず、主人の会話を盗み聞くのが好きだな、君は」
「お嬢様は思春期ですからね…… 仕方ない所もありますが、いずれ旦那様に言われたことを分かってくださいますよ」
「……だと良いが……」
そう言って、メリサが入れてくれた紅茶を飲む。
「しかし、外の世界からいらしたクオセル様との出会いは、娘に何か良い影響を与えそうだと思うんだ」
「それは、どのような?」
「言葉には上手く出来ないが…… 彼は娘を成長させてくれそうな人のような気がするんだ」
「クオセル様は魔術師ですから、彼との接触で、お嬢様が本格的に魔術師になりたいと考えるのでは?」
「それも仕方ないと思うよ。最終的に将来を決めるのは彼女自身だ」
フルドは娘が望むなら、魔術師として共和国に行かせてやりたいという思いと、このまま島に残っていてほしいという矛盾した思いを抱えつつ、ため息をついた。