第5話 戦闘
玖狼は空を飛翔し、目的地目掛けて前進する。スラスターだけでこの巨体を飛ばしている訳ではなく、悪魔の話ではコックピットの下に『コア』という部品があるらしく、これで機体の重力操作を可能にすることが出来るのだとか。なので、その力も借りて浮遊させているのだという。
クオセルは玖狼を操作しながら、モニターの画面をタッチする。すると、コックピットの上部にアームで取り付けられたヘルメットが下りてきて、頭部を覆う。
『シンクロシステム、起動します』
モニターからのその言葉と共に、クオセルの意識はこの駆動巨人・玖狼と一体化し、操縦レバーやボタンを押さなくても自分の手足のように機体を動かせるようになる。まるで自分の身体が巨大な機械の身体に置き換わったようだ。
早い話が、クオセルは玖狼の脳となったわけだ。
こうすることで、レバー操作よりも精密で素早い動作が可能となる。
「さて、やりますか」
シンクロシステム起動中は全身のスラスターも、クオセルの身体の一部のように動く。
そのまま、速度を上げて、鎧殻巨類が出現した砂丘を目指す。
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「アレだな……」
頭部のツイン・アイで前方のサソリ型鎧殻巨類・ゾームを捉えて、クオセルはそう呟いた。一匹ではなく、七匹ほどの群れを成している。
「近接戦はせずとも充分そうかな……」
そして、玖狼の右手に片手用銃剣を生成する。原理はクオセル自体よくわかっていないが機体のコアは特定の武器のデータを記録しており、戦闘時に毎回そのデータを粒子から復元することが出来るらしい。
だから、武器に関しては普段は持ち歩く必要は無いのである。
そのまま、空中に飛翔したまま速度を落とし、生成した片手用銃剣の引き金を引く。青い閃光がゾームの身体を貫き、一撃でその命を絶った。
「うん、やっぱり大したことないな」
そのまま、続けざまに引き金を引き、残りの六体も撃破していく。空中からの攻撃のため、飛翔できないゾームは成す術もない。
こうして、あっという間に地上に出てきた敵を片付けることに成功した。ただ、鎧殻巨類は不思議なことに、絶命するとその身体は炎に包まれ、跡形もなく消える。
これは別に駆動巨人の光弾の効果ではない。鎧殻巨類は根本的に他の生き物と身体の作りが違うようだ。
しかし、これで終わりでは無かった。
砂埃を巻き上げ、今まで倒したゾームより一回り大きい赤いサソリ型鎧殻巨類が姿を現す。
「なるほど、島の住民が言っていたのはあの赤ゾームか……」
赤ゾームは上空にいる玖狼目掛けて青い毒液を吐くが、さすがに飛距離がでず、届かない。
玖狼も引き金を引き、光弾を浴びせる。だが、その外殻は強固であり、何発連射してもさほど効果は無さそうであった。
「ふーん。噂通り、通常光弾は効かないか…… キャノンを出しても良いけど、まあ、接近戦しようかな」
玖狼は銃剣を投げ捨てると、土埃色のメッサー(片刃の刀剣)を生成する。刀身には長高波動が流れており、これなら大抵の鎧殻巨類の外殻は切断できる。
玖狼はゆっくりと地上に降り立つと、スラスターを後ろに吹かして赤ゾームに接近する。
青い毒液が飛んでくるが、それを軽々回避する。玖狼の機動性の前では、そんな攻撃は無意味でしかない。そして、赤ゾームの左脇に到達すると、そのままメッサーを一閃させる。
「キシャァァァァァァァァァ」
赤ゾームはけたたましい叫び声をあげる。長高波動を纏った攻撃により、巨躯に亀裂が生じ、青い血が吹き上がった。
それでも赤ゾームはまだ倒れず、毒針の付いた尾で攻撃するが、玖狼はそれも回避する。しかし、尾は尚も器用に機体を貫かんと迫ってくる。
「……しつこい」
尾の根本に近づくと、メッサーを振るい、叩き斬る。
横腹と尾を斬られ、動きの鈍った赤ゾームの背中に玖狼は飛び乗る。赤ゾームは暴れようとするが、しっかりと機体の重量をかけて背を踏みつける。そして、頭部目掛けてメッサーを突き立てた。
刀身は頭部を容易に貫き、最初はびくりびくりと痙攣していた赤ゾームであったが、やがて完全に動かなくなる。
「ふう。まあこんなもんか……」
玖狼は銃剣を拾うと、ふたたび浮遊し、地面目掛けて光弾を何発か放つ。他の甲殻巨獣が隠れていないか確かめるためだったが、反応はなかった。
「はぁ、帰るか……」
クオセルがそう思った時、近くで魔力の反応を感じた。機体を振り向かせると、後方に小さな人影が見える。
「……あれは」
なんと、砂丘の上にルーシャが立っていた。
(なにやってんだあの娘……)
クオセルはシンクロシステムを解除すると、操縦レバーを動かし、彼女の許へと機体を近づかせる。
そしてコックピットのハッチを開ける。すると、彼女は浮遊の魔術を使い、コックピットまでやってきた。
「あなた、凄いのね! 少し見直したわ」
「いや……あんた、どうやってここに来たの?」
「どうって、転移の魔術を使ったんだけど。島内だったら基本どこでも転移できるわよ」
その言葉にクオセルは驚く。魔力はかなり高いと思っていたが、まさか転移の魔術まで使えるとは…… 転移の魔術は自分の身体を特定の場所に瞬時に移動させる高度な魔術で、魔術師でも習得している者はそう多くない。
「なるほど……魔術師になりたいってのもまんざら冗談ではなさそうだね。ただ、危ないから次からは戦闘の場には来ないでよね」
「……わかってるわ。駆動巨人の戦闘がどんなものか見てみたかっただけ」
「はあ…… あんたを戦闘に巻き込んでたら、親父さんに申し訳がたたないよ」
「あら、意外と優しいとこあるのね…… ところで、私の魔術量じゃ転移の魔術って一日に一度しか使えないの…… 乗せてってくれない?」
彼女の申し出にクオセルは呆れる。
「しかたないな…… 玖狼の手の平にしがみ付いてな」
「えー。コックピット詰められないの?」
「……一人乗り。二人いたら操縦出来ないよ」
そう言って彼女を玖狼の手の平に乗せて、クオセルは島の中央部に戻っていった。