千の涙を越えて〜時を廻る聖女の卒業決戦〜
十年前の、唯一の心残りを解決するため、私は秘宝を使った。
†
「――待っていたわ」
「ウル! なぜここに!」
学園から森一つ隔てた山奥。
ここは今、私と彼の二人きりだ。
「今日は卒業式なのに、勝手に学園を抜け出して」
「……それは、君もだろう」
学園――それは、勇者と聖女を育成する国の施設だ。
「帰ってくれ。君を巻き込みたくない」
「――魔王因子」
「なぜそれを!?」
私が発した単語に、彼が顔色を変える。
「貴方から聞いたわ」
「嘘だ! 僕は誰にも話してない」
「ええ。今回はまだ」
「?」
かつて魔王が人類に埋め込んだ因子は、凡そ千人に一人の身に潜伏している。ほとんどは発現せずに一生を終えるが、稀に彼のように傑出した能力の者が現れる。
彼は今日、勇者候補の首席として学園を卒業するはずだった。
「ウッ、駄目だ! これ以上は……」
苦鳴を漏らし、彼は腰に佩いた剣を引き抜く。
――何度、ここで自死を許してきたことか。
彼が勢いよく心臓を貫こうとした切先は、寸前で停止した。
「これは……結界!? ウル、君がこれを?」
「ええ。自殺なんてさせないわ」
「いつの間にそんな力を……」
防御結界は聖女の得意魔法の一つだ。
だが、これほど精密な結界を瞬時に築けるのは、私ぐらいだろう。
彼が驚くのも無理はない。本来、当時の私には絶対に無理な芸当だから。
「グアァッ! 抑えラれなイッ! ウル、逃ゲロ……」
叫ぶ彼の体が黒く変色し、ボコボコと肉が盛り上がって変形していく。
因子の暴走。彼はこれから最悪の魔王に成り果てる。
それがわかっていたから、彼はここで誰にも知られずに果てる道を選んだ。
――私がそれを知ったのは、五回目のやり直しのときだった。
逃げろ? ――馬鹿を言うな。
私はこのために十年の時を越えて帰って来たのだ。
万年最下位の聖女候補だった私をいつも助けてくれた、貴方と共に学園を卒業するため。
杖を振る――刹那、山一つ覆う魔法陣が発動する。
今回、徹夜で準備した大作だ。
学園を卒業した後、救国の聖女として大成した私の全身全霊を注ぎ込んだ。
『グオオオォォォッッ!!』
異形の魔獣と化した彼が咆哮を上げる。
――この力、私が八年後に退けたアイツよりも遥かに上!
負けてたまるか。
絶対に彼を――シファを取り戻すんだ。
「こなくそおぉーーーッッ!!」
時廻りの秘宝の力で十年後の未来から帰って来た私は、この同じ一両日を千回繰り返した。
そして――
†
「ウル、卒業おめでとう」
「――ええ。シファもね」