9話
魔王と利吉とが家々の路地やら、冒険者ギルドの天井裏やら
人家のベランダやらをうろつき回って確かめた所によると
”冒険者の証”なるものは冒険者ギルドにて依頼される
”くえすと”なるものをこなせば誰でも貰えるのだという
さて、ここは冒険者ギルドの中である
大きなエントランスホールの片隅にて、壮年の職員が
老人を諭している
「おじいちゃん、冒険者をやるってのは、とても大変なことなんだ
とても危ないんだ、毎日、死人と怪我人が出るんだ
それも、一人や二人じゃないんだ
盗人と戦わなきゃいけねえし、怪物とも戦わないといけねえ
体力の有り余った若者だって殆どは生き残れねえ
どんどん死んでいくから、こうして簡単に成る事が出来るんだ
おじいさんだって、子がいるだろ、孫がいるだろ
その子たちを、悲しませちゃあいけねえ
冒険者はやめんさい」
万年{註、文字通りの意味で}孤独を託つっている
魔王は、この言に、いささかカチンと来るものを覚えたらしく
顔を真っ赤にして喚き始めた
「子がなんだ、孫がなんだ、怪物がなんだ、わしはマポルチャ山の魔王だぞ
唯一無二の最強魔法の使い手だど
その辺の塵芥共など、快刀乱麻に薙ぎ払ってやるん」
幼稚である
魔王城と言う小さな世界でちやほやされてきた感のある魔王は
その大層な地位のわりに酷く狭量にも出来ている
先般の目論見も忘れ、本当の事をペラペラ話し始めた
何やら悲しげな顔を浮かべて話を聞いていた職員であったが
魔王がぶんぶん腕を振り回しながら
「わしは強いんじゃ、わしは最強なんじゃ
その辺の、虫けら共がなんじゃ、家ごと、いや、町ごと
焼き払ってやるわい」
と言い出すに及んで、助けを欲していそうな顔を利吉に向けた
利吉は顔をぐしゃぐしゃに歪め目尻より滂沱と落涙しながら
「病葉翁は花柳病に侵されて、もう長くないんだすう
翁は天涯孤独の身の上なんだす、子供さみな疱瘡で亡くしただす
先日は唯一の孫もチュパカブラに遭って果敢なくなっただす
翁は小さい頃からずっと冒険者に憧れてきたんだす
外の世界さに憧れて、だども、ずっと沢庵さ作って
真面目に生きてきたんだす
翁の最後の願いなんです、わがままなんです
たのんますから、聞き入れてつかあさい」
これを聞くと職員は一瞬、”随分面倒な事になった”とでも言うような
表情を浮かべ、また一瞬、”どうせ長く無いのだし”とでも言うような
表情を浮かべると、ぎこちなく頬を緩め
「で、ではこちらで手続きを」
と言って、奥の机に招いたのである