6話
この頃、利吉はと言うと、食いもんに困っていた
道中では、その辺の木の実やら果物やらを
ちまちま抓んでいたのであるが、ここが街中であるならば
目につく同種の物は皆、何奴かの所有物であるのに違いなく
手を出せば、たちまち、屍{利吉を除く}が山と積み上がる事態ともなろう
「銭コさ落っこちでねえがなア」
小さな蟹に化けたる利吉が横歩きにすいすいと
建物から建物へ飛び回ってゆく
そして、市場の隅にて胴間声を張り上げる短躯の男に目を留めた
「そうら、そうら、3デナリだァ、馬車の荷の積み下ろしだア
貴族の奥様方の軽い衣装の積み下ろしだア
日の落ちる前に3デナリ稼げッゾオっ」
その周りに、わらわらと男が集まってくる
どいつもこいつも皴と垢とを幾重にも塗りたくった身体に
衣服かもしれぬ、ぼろきれを纏っているからには
紛う方なき人生の敗北者たちであり
つまりは、そこに利吉が紛れ込んでいても何の違和感も無いのである
群れの中より利吉が進み出て
「3でなり、つうのがあっと何がぁできるだすう?」
と尋ねる
「ギャハハーーー」
哄笑が起こる
「こいつ金が何かも知らネえぜエ」
「バーカ、バーカ」
「3デナリありゃあ、酒がまるごと1樽、買えるだよォ」
「ちげエよオ、3樽、買えるんだヨォ」
「はああっ、何言ってやがるだおめエ、1樽にきまってるダろォ
おらァ、筆髭じいさんの所で3デナリでぇ1樽、買ったことあっから
分かんだよォ」
「3樽だんよオ、ちょび髭じいさんのとこんで、3デナリで3樽
売ってただよオ」
「はああああっ、てんめえ1樽に決まってだよォ」
何やら掴み合いが始まった様子である
どうやら”デナリ”と言うのは金子の事で間違いないようである
当世、”樽”と言うものが、どのくらいの大きさかは知らぬが
”まるごと1樽”と言うからには、小さな物では無いだろう
1樽にしても3樽にしても、飯がたらふく食える額に違いない
にわかに、あたりが静まり返り、男たちが首を廻らせる、見ると
市場のほうより、数名を引き連れて男が歩いてくる
人間にしては随分と大きい男である、名を”モカイ”と言う
さて、モカイは利吉に向かって、ずいと頭を突き出した
「何処からいらしたのですかあ?」
利吉が縮こまりながら言った
「お、おら、隣の隣の隣の村のだす、道に迷ってぇ
ここさまで漂ってきただすう」
真の強者たるモカイにとり、このような者こそ何より便利である
ぶちのめして自らの男ぶりを周りに示す良い機会である
その相手が、町の者であるならば、何かと面倒な事態ともなろうが
他所者とあっては、その辺の山に埋めておけば気づかれることもない
モカイは周りをぐるんと見回して声を張り上げる
「みんなの仕事を奪う奴は俺が絶対、許さねえ!」
歓声が上がる
「よっ流石は大将っ」
そしてモカイは右手を大きく振りかぶると、その
ネズミのような顔の男の顔面に拳を叩き込んだ
しかしながら、利吉と言うのは硬いのである
無論、魔王には遠く及ばぬのであるが、それにしても頗る硬いのである
石が当たろうが槍が当たろうが小惑星が当たろうが、小動もせぬ
そこに拳を叩きつけるというのは
素手でもって鉄柱を思い切り殴りつけるのと同じである
「ガッキーーーン」
やけに金属的な音がした
「ギャアァーーーーーーーーーーーー」
男たちは、その地面にて転げまわる男を見た
それは、どう見てもモカイであった
その右腕が折れ曲がっている
皆、唖然として目を泳がせている
暫くして、モカイが立ち上がった、右腕が揺れている
「コノヤロッ」と叫ぶと、左腕で再び其の男を殴りつけた
「ガッキーーーン」
「ギャアァーーーーーーーーーーーー」
男たちは、その地面にて転げまわる男を見た
それは、どう見てもモカイであった
左腕が折れ曲がっている
モカイは「あっあっ」と声を漏らしながら後退る
そして声も無い声を上げながら何処かへ走り去っていった
他の男たちはオロオロとしていたが、やがてモカイの後を追った