1話
あるところにとってもすごく強くて強い最強の魔王がいた
魔王は玉座の前に茣蓙をしいて寝転がっていた
「ああ、暇だ」
とにかくやる事がないのである
昔は討伐隊やら勇者やらが、このすごい魔王城に
度々と押し寄せては来るもので、日々が戦であった
はじめは魔王も全力で備えをした
魔人を召喚し怪物を鍛錬し城壁を修築した
しかしながら
相手が弱いのである
最高の至上の最強魔法を自在に操る
絶対的強者たる魔王は押し寄せる勇者たちを
ちぎっては投げちぎっては投げ・・・・・
そんな事を繰り返していると次第に「飽き」
という魔物がやってくる
城壁を直すのも怪物を鍛えるのも面倒だ
ただ魔王が出て行って蹴散らせばいいのである
ある日のこと、魔王城の床に寝そべる魔人の耳がピクリと動いた
城外に迫る勇者の魔力を感知したのである
魔人が寝返りをうちながら言った
「まおーいってくださいよぉ」
魔王が答えた
「うーい」
魔王が魔王城から出ていった
勇者が死んだ
やがて、魔王城には誰も近寄らなくなった
人間も他の諸種族も漸く資源の浪費に気づいたようだった
それから無数の時が過ぎた
魔王は玉座のあたりでタラタラしていた
玉座の間には魔王の他に誰もいなかった
魔王が言った
「沢庵でも漬けるか」
魔王は台所に向かった
といっても台所は魔王の部屋のすぐ先
つまり玉座の間の中にあった
その台所は元からそこにあったのではなかった
魔王が新しく作ったのである
いちいち本来の台所にいくのは面倒というものだ
魔王は保管魔法のかかった箱から新鮮な
大根を取り出した、そして、ぬか、塩
その他諸々の壺を、まな板の隣の台に並べた
これらは魔王城の内やら外やらで作られているものだ
牛や馬、鶏といった怪物たちが
日々畑を耕し、世話を焼き、収穫しているのである
無論魔王が食べるためではない
絶対的存在である魔王は食物を必要としなかった
そして、水も空気もである
それどころか外部の魔力も必要ではなかった
魔王はその単体で完結しているのである
しかしながら、それは魔王の話である
魔王城に住まう様々な種族の中には
食物を必要とするものが多くいたのである
そこで魔王城ではその内外を田園田畑とし
米に大豆、大根に甜菜まで
その全てを自給しているのである
かくして、魔王城一帯は多くを田園田畑が占め
城郭構造物は緑や青に埋もれるようである
魔王はまな板に大根を置くと
手刀で手際よく葉と髭を落とし
ぬか床を入れた壺に漬け込んだ
そして、壺に蓋を乗せ密閉魔法を
発動してから壺を持ち上げた
「よいせっと」
魔王は壁沿いの棚の一番下の段に壺を置いた
そこには一列に壺が並んでいた
魔王はその中の中身が一番古い壺を持ち上げると
自身の部屋に戻っていった
魔王の部屋の側壁には窓がありそこから日が差している
魔王は窓をひょいっと開けた
小さなものが、すいっと飛んできて
窓の縁にすとんと降りた
スズメだ
小さな首を右に左にちくちくと動かし
黒い目がきょろきょろ、くちばしが
ちぃちぃ鳴いている
魔王は壺から大根を抜き出した
一瞬、光が走った
魔王の触手の一閃だ
細かく刻まれた沢庵が窓辺に散らばった
スズメがちくちくと沢庵の小片をつつき
ポリポリ、ポリポリといっている
いつの間にかスズメが増えている
二羽、三羽、四羽、五羽
ちぃちぃ、ちぃちぃ、ちくちく、ちくちく
このスズメと言うのは、魔王城に住み着く魔物の一種で
木の実を齧ったり人を齧ったりするものだ
沢庵が無くなるとスズメはいなくなった
一瞬のうちにである、現金なものである
魔王がぼやいた
「ああ、暇だ」
このとき、魔王は既に図書室へと向かっていた
意識したわけではない、永年の癖というものである
タブレットがある、どれもこれも読み古したやつである
一字一句暗記しているのである
魔王は棚から棚へと彷徨った
あれも読んだ、これも読んだ
どれもこれも見たとたんに内容の全てが頭に浮かぶのである
「ガタン」
音がした、見るとタブレットが落ちている
魔王のごつい体の一部に引っかかったようだ
デーンと上向きで床に落ち、その最初に大きな一文が
「そうだ、外に出よう」
確か、冒険小説仕立てで魔法を解説するものであった
実につまらない内容であった
魔王はそれを拾い元の隙間に差し込んだ
そのとき、頭の中を過ぎるものがあった
魔王はそれを声に出していた
「そうだ、外に出よう」