思春期の澱
pixivにも同様の文章を投稿しております。
(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)
同じクラスの佐々坂圭は、「圭」とか「圭ちゃん」と呼ばれている。佐々坂という名字が言いにくからだ。この名字は、三回に一度は噛んでしまう。
圭ちゃんはブスだ。ブスなのに、かわいい。小さい目とまるい鼻がかわいい。笑うと歯が見える。歯並びのわるい口許がかわいい。かわいくて仕方ない。圭ちゃんを見ていると、心の奥がむずむずしてくるのだ。
それはきっと、純粋で美しい感情のはずなのに、俺は圭ちゃんでオナニーをしてしまう。圭ちゃん圭ちゃんと名前を呼びながら、毎晩オナニーをしてしまう。精液を吸い込んだティシュをゴミ箱に捨てるとき、ごめんなさい、と思う。圭ちゃんごめんね、と泣きたくなる。
それでも、翌朝になれば、何事もなかったように、俺は圭ちゃんにおはようを言うのだ。昨晩、ちんこを握っていた手で圭ちゃんの肩をぽんと叩き、平気な顔をしておはようを言うのだ。そんな俺にも、圭ちゃんはおはようと言って笑いかけてくれる。そのブスかわいい笑顔を見るたび、俺みたいなカスは死んだほうがいいんじゃないかと思う。
圭ちゃんが好きだ圭ちゃんが好きだ圭ちゃんが好きだ圭ちゃんが好きだ。いつも心の中で叫んでいるけれど、いくら叫んでみても所詮心の中なので、圭ちゃんには届かない。届かなくていいと思う。俺の気持ちを知ったら、圭ちゃんはきっと俺と友だちではいてくれない。圭ちゃんの笑顔が俺に向けられることは二度となくなるだろう。もしかしたら、そのほうが楽なのかもしれない、と時々思ったりもするけれど、やっぱり好きだなんて言えない。こわい。圭ちゃんに嫌われるのが、どうしてもこわい。
それなのに、やっぱり俺は、圭ちゃんでオナニーをしてしまうのだ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
大好きになって、ごめんなさい。
俺と圭ちゃんは、バレー部に入っている。
圭ちゃんの身長は、バレー部の中では高いほうではないので、よく肩を肘置きにされている。それを見ながら、俺は自分も圭ちゃんの肩に肘を置きたいと思う。みんなみたいに気軽になにも考えずにやればいいのだろうけど、妙に意識してしまって、どうしてもできない。今日も、先輩が圭ちゃんの肩に肘をおいてポカリを飲んでいるのを、いいなあと思いながら眺めていた。
練習が終わり、部室で着替えている時、初キスはいつか、という話になった。俺は、まだだ、と答えた。先輩たちはそれぞれいつだと答えていたけれど、高一の俺たちの大半はまだキスの経験がなかった。そんな中、圭ちゃんが言った。
「おれ、中二」
部室内がざわついた。
「まじかよ、圭!」
「誰と、誰と!?」
ひやかす先輩たちに、
「罰ゲームで、同じクラスの男とですよ」
圭ちゃんは笑いながら顔をしかめた。
「うわ、まじか! 悲惨だな、圭」
みんな、ぎゃはぎゃは笑っていた。圭ちゃんも笑っていた。俺も笑おうと思ったのだけど、笑えなかった。
「あのさ、圭ちゃん」
着替え終わったみんなが帰ってしまい、部室に圭ちゃんとふたりだけになった。俺がショックで着替えるのが大幅に遅れたせいだ。圭ちゃんは俺を待ってくれていた。
「キスって、どんな感じだった?」
言いながら、俺はベンチに座る。
「なんだよー、もう。武井も男とキスしてみたいのかよー」
圭ちゃんは苦々しく笑って言った。
「そういうんじゃない」
俺は、慌てて首を横に振る。
「ふうん」
圭ちゃんはにやりとした笑みを浮かべた。小さな目がきゅっと細くなる。
「武井」
圭ちゃんが俺を呼んだ。
「なに?」
座ったまま、俺は顔を上げる。圭ちゃんの顔が近づいてきて、サラサラの前髪が俺の顔にかかった。微かに、圭ちゃんの汗のにおいがして、あたまがくらくらする。どうしたの、と尋ねようとした瞬間、ふに、と唇になにかを押しつけられた。なにか、だなんて考えるまでもない。圭ちゃんの唇だ。
「ざまあ」
唇を離した圭ちゃんが言った。
「道連れだ。おまえも初キスの相手が男だという十字架を背負って生きろ」
言って、圭ちゃんは勝ち誇ったように笑う。俺は圭ちゃんを見上げて固まっていた。
「……武井、なんで顔赤いの」
圭ちゃんに言われたけれど、俺はなにも答えられない。結果的にシカトする形になってしまった。
「あれ。もしかして怒った?」
俺は顔を両手で覆い、うつむいた。こんな顔、圭ちゃんには見せられない。
圭ちゃんにキスをされた。信じられない。俺、圭ちゃんとキスしたんだ。肩に肘を置くどころの騒ぎじゃない。圭ちゃんとキスしたんだ。圭ちゃんとキス圭ちゃんとキス圭ちゃんとキス。そればかりが頭の中を占めてしまって、顔を隠したまま俺は動けない、言葉も出ない。
「ごめん」
俺が怒っていると勘違いした圭ちゃんが謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、武井。わるかったよ」
そう静かに言って、圭ちゃんは部室を出て行った。
ちがう。謝らなくていいんだ。圭ちゃんはわるくない。わるいのは俺だ。あんな、ふれるだけのキスで、ありえないくらい興奮してしまう俺がわるい。それで言葉が出なくなってしまう俺がわるい。圭ちゃんを好きな俺がわるい。でも、そんなこと言えない。
唇を指でさわりながら、圭ちゃんのキスの感触を思い出す。こんなこと、きっと最初で最後だ。懸命に記憶に刻みつける。圭ちゃんの汗のにおいを思い出す。圭ちゃんのキスを思い出す。いまさら、心臓がすごい勢いでばくばく鳴り始めた。立ち上がろうとしたら、膝が震えていた。
泣きたくなる。死にたいと思う。圭ちゃん、と心の中で呼ぶ。圭ちゃんの笑顔を最期に見て、死にたい。でも、きっと俺は死なない。思ってるだけだ。だって、やっぱり明日も圭ちゃんに会いたい。欲深いのだ。
圭ちゃんのことが好きだから死にたい。圭ちゃんのことが好きだから死にたくない。俺にとって圭ちゃんの存在は、絶望で希望だ。
泣きたい泣きたい泣きたい。圭ちゃんが好きだから、俺は泣く。
「おはよう、武井」
朝、靴箱のところで圭ちゃんが言った。俺は、思わず圭ちゃんから目をそらしてしまう。おはようも言わず、俺は走って教室へ向かった。俺は圭ちゃんから逃げてしまった。
昨晩も、圭ちゃんでオナニーをした。圭ちゃんが俺にした、一回きりのキスを思い出しながら、俺はオナニーをした。圭ちゃん、と呼びながら俺は絶頂を迎え、泣きながらティッシュをゴミ箱に捨てた。ごめんね、圭ちゃん。
今日も、きっとなにくわぬ顔でおはようを言えると思っていた。でも、言えなかった。いざ、圭ちゃんに会ってみると、罪悪感よりなにより先に、昨日のキスのことを思い出してしまい、いたたまれなくなったのだ。圭ちゃんの顔をまともに見ることもできない。恥ずかしいのとも照れくさいのともちがう、言葉にできない感情のせいで、俺は一日、圭ちゃんを避け続けた。
部活の時も、なにか言いたそうな圭ちゃんを視界にとらえながらも、俺は気づかないふりをしていた。そういうふうにして、気が散っていたからだろう。練習の締めの紅白戦の最中、先輩のアタックをまともに顔面で受けてしまった。
「うわ、武井、大丈夫か? ぼーっとしてんなよ、おまえ」
「大丈夫っす。すみません」
確かに、ぼーっとしていた。完全に俺の不注意だ。俺は先輩に頭を下げる。
「あっ、おい、おまえ、鼻血出てっぞ。両穴から」
「ちょ、なにやってんだ武井。笑わせんなよー」
言われて、鼻の下をさわると、指にべったりと血がついた。
「うわ、すみません!」
慌てていると、
「おれ、保健室連れて行きます」
聞こえてきたのは、圭ちゃんの声だった。
「ああ、頼むわ」
答える先輩の声を聞くともなしに聞いていると、腕をつかまれた。圭ちゃんだ。
圭ちゃんは、俺の腕をぐいぐいと引っ張り、体育館の外へと連れ出した。俺は、俺の腕をつかんでいる圭ちゃんの手を取り、そっと外した。こんなふうにふれられるだけで、まともじゃいられなくなってしまう。一瞬、圭ちゃんが悲しそうな顔をした気がしたけれど、
「上向いとけよ」
と言われ、すぐに上を向いてしまったので、本当に圭ちゃんがそんな顔をしたのかどうか、曖昧になってしまった。
保健室には誰もおらず、電気すら点いていない。ドアのところに、『午後から研究会で留守にします』という貼り紙がしてあった。
圭ちゃんは無言で俺を椅子に座らせると、ティッシュを濡らしてきて、鼻を拭ってくれた。
また、いたたまれない気持ちになり、
「自分でやる」
と言うと、圭ちゃんは顔を歪めて俺を見る。そんな顔をすると、ますますブスだ。
「やっぱ、武井に嫌われんのはキツいな。自業自得だけどさ」
圭ちゃんが、ぽつりと言った。嫌われる? どうして、そういう話が出るんだろう。俺が圭ちゃんを嫌うはずがないのに。
「ごめん」
圭ちゃんは頭を下げる。
「ごめんなさい。あんなにいやがるとは思わなかったんだ。そりゃ、いやだよな。罰ゲームでもなんでもないのにさ、道連れだっていきなりキスされて、わけわかんないよな」
言われて気づく。圭ちゃんは、俺が昨日のキスを怒っていると思っているのだ。
「嫌われても仕方ないと思うけど、でも……」
ちがう。なんとかしなきゃ。なにか言わなきゃ。でも、俺の頭は空回りするばかりで、全く役に立たない。
「ごめん」
圭ちゃんは、もう一度言った。泣きそうな顔をしている。ブスだ。でも、かわいい。
俺は、圭ちゃんのほうへ手をのばす。圭ちゃんの後頭部をつかまえて、圭ちゃんの唇に口づける。
神様ごめんなさい。圭ちゃんごめんなさい。これが、本当に最後です。そんなことを思いながら、どうせ最後なら、と舌を入れてみる。
もう、嫌われてもいいと思った。俺が圭ちゃんを嫌いだなんて誤解をされるくらいなら、それで圭ちゃんが悲しい顔をするのなら、圭ちゃんが俺を嫌ってくれたほうが何倍もいい。
舌先で圭ちゃんの舌をつつくと、ぴくりと動いただけで逃げようとはしなかった。だから、欲が出てしまい、少し長くそのままでいた。唇を離すと、
「おまえ、いま舌入れたろ」
圭ちゃんは、あっけにとられたようにぽかんと口を開けて言う。
「入れた。怒った?」
「いや」
圭ちゃんが茫然としたまま、首を横に振ったので、俺は不思議に思う。なんで怒らないんだろう。
「しかえし」
俺は言った。
「あ、うん」
圭ちゃんは、ぼんやりとうなずく。
「これで、おあいこだ」
おあいこだ、なんて、しらっとした顔でよく言える。損をしているのは、明らかに圭ちゃんだけだ。でも、ちゃんとおあいこにしなきゃいけない。なんでもない顔をしないといけない。
「うん」
圭ちゃんは、口を開けっぱなしで、かくかくとうなずいている。
「ブスだなあ」
思わず言ってしまった。圭ちゃんはブスだ。それなのに、かわいい。
「なんだよ、それ」
圭ちゃんは、情けない顔をして笑った。
あれから、三日ほど経った。俺はなんとか圭ちゃんと普通に接している。相変わらず、毎晩圭ちゃんでオナニーをしては絶望して死にたくなってしまうのだけれど、やっぱりなにくわぬ顔で圭ちゃんに接していた。俺がそんなことをしているなんて全く知らない圭ちゃんは、今日もブスかわいい笑顔を向けてくれる。
部活が終わり、もう部室には俺と圭ちゃんのふたりだけになっていた。圭ちゃんの着替えが遅かったからだ。俺はベンチに座って、ぼんやりと圭ちゃんを待っていた。
ギシリとベンチの軋む音がして、着替え終わった圭ちゃんが俺の隣に座った。
「終わった? 帰ろうか」
言った瞬間、制服の襟元をぐいとつかまれた。どうしたの、と言おうとしたのだけれど、その前に口を塞がれてしまったので言葉にならなかった。
あれ? と思う。キスだ。あれ? なんで俺、圭ちゃんとキスしてるんだろう。
圭ちゃんの舌が口内に侵入してきて、遠慮がちに俺の舌をやわやわと撫でた。目の前が真っ赤になった気がした。頭がくらくらする。
俺は、圭ちゃんの舌の動きに応えるように舌を動かした。なんだかもう必死だった。舌が絡まって水音が微かに響く。
「ん」
と鼻から抜けるような声をもらし、圭ちゃんは唇を離した。圭ちゃんは、困ったように俺を見ていた。しばらく、無言で見つめ合う。
「……どうしたの」
やっと出た声は、妙な感じにかすれてしまった。
「いやだった? 怒った?」
圭ちゃんは言う。
「ううん」
いやなわけはない。俺は首を横に振る。
「しかえし、していいぞ」
圭ちゃんは言った。
「え?」
その言葉の意味を把握するのに、少し時間がかかった。
「あ」
意味を理解すると同時に、俺は圭ちゃんの唇に、噛みつくみたいにキスをしていた。
そういうことが、ここ数日、毎日続いている。圭ちゃんが俺にキスをして、俺が「しかえし」をする。その二回のキスを、毎日している。
変だとは思う。わけがわからない。だけど、やめられない。
圭ちゃんがどういうつもりなのかわからない。圭ちゃんはわざとのろのろと着替えて部室にふたりきりになろうとする。ふたりきりになると、なにも言わずにキスをしてくる。俺はそれを受け入れる。嬉々として。
結局、期待しているのだ。圭ちゃんとのキスを。部活が終わるのを心待ちにしている自分に気づくたびに、俺は自分を嫌悪する。
今日も部室にふたりきり、この奇妙なキスを繰り返す。
圭ちゃんのキスは、いつも遠慮がちだ。それにくらべ、俺は、こんな夢みたいなことは今日で最後かもしれないといつも思っているものだから、自然と長くてしつこいキスをしてしまう。
舌を絡めるのはもちろん、圭ちゃんの並びのわるい歯を一本ずつ丁寧に舐めて、そのガタガタの形を確かめる。上顎を舐めた時、圭ちゃんの肩がびくびく跳ねるので、気持ちいいのかもしれないと思う。だから、そこもくすぐるみたいにして隅々まで舐める。圭ちゃんの唇の端から流れた唾液も、残らずきれいに舐め取る。まるで動物になったみたいに、圭ちゃんを味わうのだ。
潤んだ目で俺を見る圭ちゃんは、たまらなくかわいい。好きだ、と思う。大好きだ。でも、そんなこと言えないから、
「圭ちゃんはブスだなあ」
と言ってしまう。圭ちゃんはそのたびに、くすぐったそうに笑った。
情けないことに、俺は圭ちゃんとキスをするたびに勃起していた。圭ちゃんがそれに気づいているのかどうかはわからない。でも、ひとつだけわかっている。ちゃんとわかっている。
こんなの、まともじゃない。
「圭ちゃん、こんなこともうやめよう」
ふたりきりの部室。いつもみたいに圭ちゃんにしつこいキスをしたあと、俺は言った。
「こんなの変だよ。まともじゃない」
言っていることは間違っていないはずなのに、べろべろとねちっこいキスをしてしまったあとでは、全く説得力がない。
目を潤ませてぼんやりしていた圭ちゃんは、俺の言葉に小さな目をつり上げた。そして、
「じゃあ、おまえのこれは、なんなんだ」
ガチガチにかたくなっている俺の股間を、いきなりぎゅうっとつかんだのだ。
「ここ、こんなふうにしてるくせに、おまえがそれを言うのかよ」
羞恥で、ぎゅうんと頭に血がのぼる。圭ちゃんは、気づいていたんだ。俺の、このどうしようもない欲に。死にたいくらい恥ずかしかった。
「でも、こうなるのは仕方がないんだ。もう、どうしようもないんだから」
申し訳ない気持ちで、俺は言う。圭ちゃんは怒ったような表情で俺を見ていた。つかまれた股間が痛い。
「圭ちゃん、痛いよ」
「痛くしてんだよ」
また、ぎゅっと力が入る。
「おまえに、ブスだなあって言われるたびに、好きだって言われてる気がした」
圭ちゃんは言った。俺は目を見張る。そこまでばれているとは思わなかった。
「おれの勘違いか?」
俺は黙っていた。
「答えろよ」
言って、圭ちゃんはますます力を込めて俺の股間をつかむ。
「圭ちゃんの、勘違いだよ」
股間の痛みに顔を歪めながら、俺は圭ちゃんから目をそらす。
「うそだ」
圭ちゃんは言った。
「じゃあ、なんでおれにあんなキスができるんだ。あんな……」
圭ちゃんの声は、だんだんと小さくなる。
「ブスで、しかも男のおれに。まともな神経じゃない」
まるで泣いているみたいに震える圭ちゃんの声を、どう解釈したらいいのだろう。
「俺はまともじゃないから」
そう言った自分の声も震えていた。
「好きなんだ。ブスで、しかも男の圭ちゃんが。好きで好きで、仕方がないんだ」
うん、そうだ。圭ちゃんの言うとおりだ。うそだよ。勘違いなんかじゃない。
「だから、もう、これ以上キスなんてできない。このままだと、キス以上のことがしたくなる。圭ちゃんに、もっとやらしいことしたくなる。しんどいじゃないか。そんなこと無理なのに。できるわけないのに。圭ちゃんのいやがることなんかしたくないのに。でも、きっと俺はしちゃうんだ。圭ちゃんがいやがっても、しちゃうんだ。俺は自分の欲を自制できる自信がない。だって俺は圭ちゃんで抜いてるんだよ。毎晩毎晩、だめだって思ってるのに、我慢できないんだ。しちゃうんだよ」
言っているうちに、絶望感がむくむくと膨らんで、泣けてきた。
「ごめん。もっと早くやめられたらよかった。でも、俺は圭ちゃんとキスしたかったから、圭ちゃんとキスできるのがうれしかったから、なかなかやめようって言えなくて、でも、ずっとやめなきゃって思ってて。ごめん。ごめんね、圭ちゃん」
ばしんと頭をはたかれた。アタックの練習のときみたいに、圭ちゃんは俺の頭を何度もはたく。
「痛いよ、圭ちゃん」
「痛くしてんだよ」
嫌われた。もう今度こそ絶対に嫌われた。圭ちゃんが怒るのはもっともだ。俺は、おとなしくはたかれ続ける。
「いやじゃないよ」
唐突に俺をはたくのをやめた圭ちゃんが、ぽつりと言った。
「おまえがおれにしたいと思ってること、全部していいよ」
圭ちゃんのその言葉に、俺はありえないくらい動揺してしまう。
「うううううそだ。圭ちゃん、なに言ってんの」
「うそじゃないよ」
そう言われても信じられない。
「うそだ」
圭ちゃんはいったいどうしてしまったのだろう。
「うそじゃないって。いいよ。やらしいことでもなんでもしろよ。オカズにされたって平気だよ」
「うそだよ。そんなの、まともじゃない」
「まともじゃないんだ、おれも」
そう言って、圭ちゃんは俺を見た。
「いいの? 俺、圭ちゃんのこと好きでいてもいいの?」
まだ信じられない気持ちでおそるおそる訊くと、
「いいよ。好きでいてくれよ。また、おれのこと、ブスだなあって言って笑ってくれよ」
圭ちゃんは、並びのわるい歯を見せて笑う。ブスだ。だけど、圭ちゃんはかわいい。ブスなのにかわいい。
「おれ、そう言って笑うおまえのあの顔、嫌いじゃないよ」
こんなの、絶対まともじゃない。まともじゃない俺たちは、泣きながらキスをする。涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃのキスを、しつこいくらい何度も繰り返すのだ。
了
ありがとうございました。