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吸血鬼は愛を謳う

 








「アデル、イアンお兄様、招いてくださって嬉しいわ」




 到着したフランが微笑んだ。


 その後ろからひょこりとヴァレール様が顔を覗かせる。




「こんにちは! イアンにい、アデル!」




 ヴァレール様がパッと明るく笑った。


 二人にわたしも微笑み返す。




「ようこそ、フラン、ヴァレール様」


「結婚式の時は出席してくれてありがとう、二人とも」





 フランがわたしを見て、嬉しそうに目を細めた。


 ヴァレール様も目を輝かせている。




「アデルの銀髪、綺麗ね」


「わあ、アデルもきゅうけつきになったのっ?」




 吸血鬼に転化して一月が過ぎた。


 わたしは赤髪から、ほんのり赤みがかった銀髪へ、濃い緑の瞳はフィーとよく似た鮮やかな紅い瞳へ変わった。


 肌も色白になって、でも、見た目の変化はそれくらいだ。


 体も吸血鬼となったものの、まだあまり実感はない。


 でも、確かに体は吸血鬼へ転化しているらしい。


 転化した後の体はとても軽く、気分もいい。


 それでも、たまに、とても死にたくなる。


 そういう時はいつだってフィーが止めてくれる。


 わたしが吸血鬼となって、そう簡単には死ななくなっても、フィーはわたしの自殺を止める。


 それが少し嬉しかった。




「そうだよね、アデルの髪ってほんのり赤みがかってて綺麗なんだ。瞳も綺麗な紅になったから、なんだかイチゴを想像するんだよね」




 フィーがわたしの頭を撫でる。




「イチゴ、ぼくも食べたーい!」


「あはは、用意してあるから部屋に行こうか」


「はやく食べたい! イアン兄、あんないして!」




 ヴァレール様に手を取られ、フィーが屋敷へ入っていく。


 フランがわたしのそばに来た。




「不調はないかしら?」




 訊かれて、頷いた。




「ないわ。むしろ今までで一番体調がいいわ」


「そう、それなら良かったわ」




 先に駆けていったフィーとヴァレール様の後を追って、フランと共に屋敷の中へ入る。


 応接室まで案内しながらフランと話す。




「披露宴の後、大丈夫だった? あの日、凄く泣いていたから帰ってから大変だったのではない?」


「そ、れは……まあ、さすがに泣きすぎて一日、目が腫れてしまって大変でしたわ」


「でも、それほど喜んでくれて嬉しかったわ。……ありがとう、フラン。わたし、あなたが大好きよ」




 フランが立ち止まる。


 振り向けば、少し頬の赤いフランがいた。


 首を傾げるとフランが近付いてきて、ギュッと手を握られる。




「わ、わたくしもアデルのことが大好きよ!」




 照れているのか不機嫌そうに眉根を寄せて、ツンとすぐに顔を背けたけれど、チラリとこちらを見つめてくる。


 その仕草が可愛らしくて、わたしはそっと抱き締めた。




「これからも友達でいてね、フラン」


「ええ、もちろんよ」




 フランがわたしの手を取った。


 繋いだ手はフィーのものよりもずっと小さくて、細くて、たおやかだったけれど、とても温かかった。


 二人で手を繋いだまま応接室へ向かう。


 応接室の扉を叩き、開ける。


 先に来ていたフィーとヴァレール様がこちらを向いた。




「あ、フランねえ、ずるい! ぼくもアデルと手をつなぐー!」




 立ち上がったヴァレール様が駆け寄ってくると、空いているほうの手を取った。




「あら、両手に花ね」




 ヴァレール様に手を引かれてテーブルのそばへ行く。


 3人がけのソファーに揃って座った。




「じゃあ、僕は後ろから」




 立ち上がってこちらに来たフィーが、後ろから、ソファーの背もたれを越えて抱き着いてくる。


 右手にヴァレール様、左手にフラン、後ろからフィー。


 しかも左右のフランとヴァレール様も身を寄せてきて、ギュギュギュッと三人に挟まれた。




「もう、三人ともくすぐったいわ」




 わたしが笑うと三人も笑った。




「だって二人ばっかりアデルにくっついているんだもん」


「あら、わたくしはアデルのお友達だからいいじゃない」


「ぼくもアデルとともだち!」




 なんて、三人が言う。




「アデルはぎゅー、いや?」




 ヴァレール様に訊かれて首を振る。




「いいえ、好きですわ」


「ぼくもすき! うれしいから!」


「そうですね、ギュッとするのも、してもらうのも嬉しいです」




 フィーが後ろから覗き込んでくる。




「じゃあもっとギュッてしていい?」




 横からフランが言う。




「イアンお兄様はいつでもアデルと一緒じゃない。わたくし達だってもっとアデルと過ごしたいわ」


「ええ、アデルは僕の奥さんなのに……」


「心の広い夫はこれくらい許すべきではなくって?」


「僕はそんなに心は広くないけどね」




 ぽんぽんと交わされる会話がおかしくて、また笑ってしまう。




「みんな、大好きよ」




 こうして幸せでいられるのはみんなのおかげだ。


 フィーも、フランも、ヴァレール様も笑う。


 笑顔に笑顔が返ってくることが幸せだった。


 伯爵家にいた頃はどんなに望んでも得られなかった愛だが、ここでは、誰もが優しく、愛を与えてくれる。


 だからこそ、わたしもみんなを愛したい。


 ……そう、これからの人生は……。


 愛し、愛される喜びに満ちている。









* * * * *









 大好きだと言うと微笑んでくれる。


 愛していると言うと、わたしもよ、と返ってくる。


 イアンは、アデルのそばから離れられなくなった。


 今までは酒を飲んだり、人間の友人と遊んだり、そういうことが生きていく中で最も楽しいことだと思っていた。


 しかし、アデルと出会ってから一変した。


 もう赤い髪ではなくなったが、それでも、イアンにとってアデルは赤いバラのような人であった。


 夜、ふと気配を感じて目を覚ます。


 横にいるはずの温もりがないことに気付いて体を起こした。


 すぐに、テーブルのそばに立つアデルを見つけた。




「……アデル、ダメだよ」




 その手に握られているナイフを見て、咄嗟に霧となってアデルの真後ろへ移動する。


 ナイフを握る手の上から、自分の手を重ねた。


 既に左腕には切った跡らしき血があったものの、吸血鬼の頑丈な体と再生力のおかげか、切り傷はもう消えていた。


 前に回って血の残る左腕に口付ける。


 ……アデルの血って凄く美味しいんだよね。


 ぺろりとその腕を舐めれば、アデルの体が小さく跳ねる。


 からん、とアデルの右手からナイフが落ちた。


 果物用に置いてあったナイフをメイドが片付け損ねたのだろう。


 ここはイアンの部屋で、アデルの部屋ではないため、恐らくナイフを片付ける必要はないと思ったのかもしれない。




「……あ……」




 アデルの紅い瞳が揺れる。


 その瞳がしっとりと潤む。




「怒ってないよ、アデル。大丈夫、怖がらないで」




 そっと頬に触れて額を合わせた。


 アデル曰く「幸せすぎて、急に恐ろしくなる時がある」らしい。そういう時、死にたくなるのだそうだ。


 あまりに幸せで、満たされていて、だからこそ、その幸せがいつか壊れてしまうかもしれないと思うと恐ろしくてたまらない。


 いつか壊れてしまうなら、いっそ、自分の手で終わらせたほうが突然訪れる終わりよりいいのだとか。


 ……本当は発作が起きないのが一番いいんだけど。


 まだ、しばらく治りそうはない。


 だからイアンは辛抱強く待つことにした。


 いつかアデルの発作がなくなる日まで。


 それまで、何度だってアデルを止める。




「僕を裏切るつもりはないってこと、分かってるよ。急に怖くなっちゃったんだね。気付くのが遅れてごめんね」




 アデルを抱き寄せた。




「大丈夫、大丈夫だよ」




 本人が気付いているかどうかは分からないが、発作が起きても、前ほど死に直結した自殺方法はしなくなった。


 結婚後は、腕や手首を切ることはあっても、腹部を刺そうとしたり、首を括ろうとしたりといったことはしなくなった。


 恐らく『死にたい』と『死にたくない』がアデルの中でせめぎ合っているのだろう。


 以前の『死ぬことが救い』という考えが薄まっている。


 それに最近のアデルは色々なことに関心を持ち始めて、初めて出会った頃の、目を離したら消えてしまいそうな雰囲気はなくなりつつある。


 ……フランと友達になったことも大きいのかな。


 噂のせいで友人もいなかったそうなので、フランという同性の友達が出来て、手紙のやり取りをするのが楽しみらしい。


 日に日にアデルは明るくなっていく。


 それがイアンは嬉しかった。




「愛してるよ、アデル。僕は永遠に君だけを愛する。君が望む限り、いつまでも、ずっと、命が続く限り」




 そっと口付ける。




「君が望めば、僕が叶える」




 同じ紅の瞳が暗闇の中できらりと揺れた。


 アデルの細い腕が、背中に回される。




「……ずっと、ここにいたいわ……」


「うん、ずっとここにいてよ」


「フィーと離れたくない」


「僕もアデルと離れたくないよ」




 小さな子供のように我が儘を言うアデルが愛おしい。


 アデルの我が儘は、我が儘ではない。




「僕達はもう夫婦だ。だから、ずっと一緒にいようね」




 アデルを抱き上げてベッドへ運ぶ。


 優しくベッドへ下ろし、そのまま押し倒す。


 額に、頬に、鼻先に、そして唇に口付ける。


 細い首筋を撫でれば素直にそれが差し出された。


 無防備にさらされたアデルの首筋に顔を寄せる。


 ……いい匂いがする。


 誘われるように細い首筋に噛みついた。




「っ、ぁ……」




 血を吸うとアデルの体が小さく震える。


 吸血鬼と言っても、他者の血を吸わなければ生きていけない種族ではない。


 むしろ吸血鬼は基本的に伴侶以外の血は飲まない。


 ただ、伴侶の血となると抑えられなくなる。


 アデルの血は甘めの赤ワインのような味がする。


 イアンの好きな味だ。


 普段しない吸血行為は気分が高揚する。


 首筋から顔を離せば、くったりとアデルが四肢を投げ出して、息を乱している。


 どうやら、吸血はされる側も気持ちいいらしい。


 見上げてきたアデルの腕が重そうに持ち上げられる。


 抱き寄せ、ころりとベッドの上で転がり、上にアデルを乗せる。ほどよい重みと柔らかさが心地好い。


 アデルの顔が首に近付いてくる。


 そして、かぷりと首に噛みつかれた。


 吸血鬼になったものの、人間より少し発達した可愛らしい牙を得ただけで、アデルに吸血能力はなかった。


 それでもイアンが行為の度にアデルの血を吸っていたからか、アデルも真似をするように首に噛みついてくる。


 傷付ける意図がないため、噛む力は弱い。


 かぷ、かぷ、と甘噛みされるとくすぐったい。


 ……もしかして、相手の首に噛みつくことが吸血鬼の愛情表現だと思ってたりして。


 それはそれで可愛くて良いのだが。




「アデル、していい?」




 そっと頭を撫で、耳の形を指でなぞると、首元で甘く「んっ」と小さな声が聞こえた。




「さっきまで、あんなに、したのに……?」


「うん、アデルとなら何度だってしたいよ。ずっとし続けてもいいくらい、もっとアデルがほしい」




 首から顔を上げたアデルと間近で目が合う。




「ダメ?」




 ちょっと小首を傾げて見返せば、アデルが目を伏せる。




「……ダメではないわ」




 その頬が少し赤い。照れているのだ。


 ……アデルは可愛いなあ。


 またころりと転がって位置を入れ替える。




「アデルが足りない」




 口付けるとアデルが微笑んだ。




「わたしもフィーがほしい」


「僕の可愛いアデル、仰せのままに」




 もう一度、優しく口付ける。




「沢山、僕の愛を感じてね」




 吸血鬼は傲慢で、強欲で、そして愛情深い。


 ……僕はアデルを生かし続けるよ。


 誰よりも君を愛しているから。











* * * * *

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― 新着の感想 ―
読みましたし、ちょい泣かされました。 ヒロインの死にたがりが完全に治らないことと、吸血鬼になったことと、外見が変化することで締めくくられるのは、なんとも切ないんだけど、そこが良い。。 イチゴはバラ科…
[一言] とても素晴らしく濃厚なお話でした。 作者さんの作品を三作ほど読ませていただきましたが、似たジャンルということもあってか、やはり型にハマった感が拭えないのは仕方ないとして、キャラ設定や世界観の…
[一言] トラウマが解けることは最後まで無かったのか。。。
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