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結婚式

 








 そうして、結婚式当日となった。


 前日からメイド達に全身ピカピカに磨き上げられた。


 結婚式を挙げると決めてからも毎日全身をマッサージしたり、髪を整えたり、今日に向けて綺麗になるためにメイド達が頑張ってくれた。


 訊いてみたらフィー様もそうらしいので、二人して結婚式の準備で疲れてしまったが、それでも今日を迎えられて良かった。


 自室でドレスに着替え、髪を整え、化粧をしてもらう。


 真っ白なドレスは首から手首まで詰まっており、上半身全体がレースで覆われ、スカート部分は逆さまにしたチューリップの花のように何枚かの布を重ねてふんわりと膨らんでいる。


 髪飾りも靴もドレスと同じ布地が使われている。


 そして、差し色の装飾品はルビーだ。


 わたしの髪に合わせたわけではなく、吸血鬼の瞳の紅に合わせた色であり、吸血鬼の結婚式では白いドレスに赤い差し色が一般的なのだとか。


 手元のブーケは赤いバラだ。


 化粧は控えめに、わたしのきつい顔立ちを柔らかくするために今日は少し垂れ目に化粧をしてもらう。


 髪は左右を少し三つ編みにして、後ろで纏める。


 下の髪は緩く巻いて毛先をふんわりさせる。


 頭の上には花嫁用のベールをつけた。


 全身を整えてくれたメイド達は「やりきった」と言わんばかりに満足げな表情でわたしを見る。




「おかしなところはないかしら?」





 と、訊けば「ございません」と返ってくる。


 そして、少し待っていると部屋の扉が叩かれた。


 入ってきたのは白い衣装に身を包んだフィー様だった。


 互いに、束の間、見入ったのが分かる。




「……フィー様、今日は一段と素敵ね」




 そう声をかければ、フィー様の頬が少し赤くなる。




「……アデルも、その、凄く綺麗だよ」


「ありがとう」




 それがお世辞ではないことは顔を見れば分かる。


 まるで絶世の美女を前にした純粋な少年みたいに、フィー様がチラチラとわたしへ目を向けては、すぐに視線を逸らす。




「……僕のお嫁さんが凄く可愛くて困る」




 ぼそぼそと言われて笑ってしまった。




「わたしの旦那様になる人も、とても格好良くて困るわ。今日の結婚式が身内だけで良かった。もし他の方々まで呼んでいたら、女性はみんな、フィー様に見惚れるわね」


「そんなことないと思うけど。むしろ他の貴族を呼ばなくて正解だった。こんな可愛い花嫁さん、きっと狙われるよ」




 二人で顔を見合わせて、吹き出した。


 フィー様が手を差し出した。




「行こう、アデル」




 頷き、その手に自分の手を重ねる。


 部屋を出て、玄関まで廊下を進む。


 誰ともすれ違うことなく玄関まで辿り着くと、メイドがおり、玄関の扉が開けられる。


 同時に、花びらが舞った。




「いってらっしゃいませ!」




 使用人達が馬車まで並んでおり、全員が小さなカゴを持っていた。


 フィー様が笑って歩き出し、それについて行くと、わたし達が通る度に使用人達が花びらを降らせてくれた。


 馬車に乗ると使用人達が礼を執る。


 馬車がゆっくりと動き出した。




「びっくりしたね」


「フィー様も知らなかったの?」


「うん、見送りはしてくれるって言ってたけど、ああして花を用意してくれるとは思わなかった。綺麗だったね」




 それに頷き返す。




「帰ったら、お礼を言わないと」


「どうかなあ。そんな暇、ないと思うけど……」


「?」




 それはどういう意味かと見れば、フィー様は訳知り顔で笑うだけだった。




「それより、アデルは体調悪くない? 今日まで忙しかったでしょ? ちょっと痩せた?」


「体調は悪くないわ。確かにちょっと痩せたけれど、別に不健康で痩せたわけではなくて美容に良いもので痩せただけよ。フィー様こそ大変だったでしょう?」


「うーん、まぁね。でも楽しかったよ。ただ毎日マッサージは結構つらくて、女性って大変なんだなあって思い知ったかな」




 そう言ったフィー様はいつもより輝いている。


 結婚を決めてから、公爵夫人が「人生で一番大切な瞬間だから綺麗でなくちゃ」と美容にかなり力を入れた。


 おかげでわたしもフィー様も、普段の二割り増しくらい整って見える気がする。




「そうね、マッサージは意外と痛いのよね。慣れてくると気持ち良く感じられるようになるのだけれど、それまでが長くて……」


「僕はこの二月、毎日地獄だったよ……」


「フィー様はマッサージが苦手なのね」




 そっと手を伸ばしてフィー様の頬に触れれば、甘えるようにすり寄ってくる。


 頭を撫でたいが、せっかく格好良く整えてもらっているので、頬を撫でるだけにした。




「そういえば、教会で結婚式を挙げるけれど、吸血鬼も神様に誓いの言葉を立てるの?」


「いや、僕達が宣誓するのは原初の吸血鬼トゥルーヴァンパイアにだね。教会なのは人間の結婚式に則っているだけだよ。まあ、この大陸の教会は神様と原初の吸血鬼トゥルーヴァンパイアの両方を崇めてるから、教会でやれば両方に誓えていいって話かな」


「そうなのね」




 それはそれで面白いと思う。


 そんな話をしているうちに馬車が停まった。


 外から扉が開けられ、フィー様が先に降りて、その手を借りてわたしも降りる。


 教会の外まで賑やかな声が聞こえてくる。


 フィー様曰く「吸血鬼は賑やかで華やかなことが好き」「結婚式などの祝い事も好き」らしいので、招待客の吸血鬼達が中で話している声だろうということだった。




「騒がしくてごめんね」




 フィー様の言葉に外で待っていてくれた若い神官が苦笑する。


 教会は本来、厳かで静かな場所である。


 だけど、どうやら今日だけは違うらしい。




「こちらへどうぞ」




 神官の案内で教会の中へ入る。


 賑やかな声が近付いてくると少し緊張してくる。




「大丈夫だよ、アデル」




 フィー様が横で微笑んだ。




「みんな、僕達を祝福してくれる」




 カツ、と神官の足が止まった。


 この先は祈りの間で、式の会場なのだろう。


 ……帰ったら公爵邸で披露宴なのよね。


 そう思うと、ここで疲れている暇はない。


 背筋を伸ばし、顎を引いて、前を向く。




「扉をお開けします。よろしいですか?」




 神官の問いに二人で頷く。


 神官がわたし達の到着を告げた。


 そして、目の前の扉が開けられた。


 高い天井、ステンドグラスから光が差し込んだ室内は明るく、何より、ふわふわと色鮮やかな小花が宙に浮かんでいる。


 驚いて見上げていれば、フィー様が笑った。




「あれ、吸血鬼の能力の一つだよ」




 行こう、と促されて赤い絨毯の上へ踏み出した。


 視線が向けられるけれど、こちらを見る表情は穏やかなものばかりで、敵意を感じる視線はない。


 その中にフランとヴァレール様もいた。


 一番驚いたのは、祭壇にいた人物だ。


 ……まさか、陛下がいらっしゃるなんて……!


 しかも横には明らかに高位の司祭様もいる。


 祭壇の前に立つと、こほん、と陛下が小さく咳払いをする。




「皆、よくぞ集まってくれた。今日のこの良き日に、我が息子イアンとその妻となる女性、アデルのために集まってくれたこと、感謝する。この二人の出会いは──……」




 陛下がわたしとフィー様のこれまでについて語る。


 もちろん詳細なものではなく、曖昧で詩的な言い回しはどこか吟遊詩人の語りを聞いているようで面白い。


 つん、と横からフィー様につつかれた。




「ごめんね、父上もそうだけど、吸血鬼ってこういうの好きで、話が長いんだ」




 小声で言われる。




「言い回しがとても面白くていいわね」


「そう? 年寄りの長話、疲れない?」


「わたしは好きよ」




 ……お祖父様が自分の若かった頃について話していた時も、こんな風だったから、むしろ懐かしいわ。




「──……そうして、今日、二人は結ばれる。皆よ、どうかこの二人の未来が幸福で満ちあふれることを願い、祝福を授けてくれ」




 ……祝福?


 首を傾げつつ見れば、招待客が胸元で両手を握る。


 そしてその手を開けると小さな光の球がふわりと宙に浮かび、それぞれ多少大きさに違いはあるものの、柔らかな金色の光だった。


 陛下が両手を掲げると光がそこへ集まり、輪となって弾け、わたしとフィー様に雪のように優しく降り注ぐ。




「……温かい……」




 まるで冬の日に暖炉の前でうたた寝をしている時のような心地好さを感じる。


 全身がその柔らかな金色に包まれた。


 フィー様も同じように光に包まれている。


 その横顔は満足そうに微笑んでいた。




「では、司祭よ、宣誓を」




 横にいた司祭様が頷いた。


 司祭様が本を開き、神様への祈りの言葉を捧げる。


 それは陛下のお話を同じくらい長かった。




「最後に、夫婦の誓いを行います」




 フィー様の手がわたしの手を握った。




「新郎イアン=フェリクス・ナイトレイ、あなたはアデル・ウェルチを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」




 ギュッと手を握られる。





「新婦アデル・ウェルチ、あなたはイアン=フェリクス・ナイトレイを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」




 その手を握り返した。




「誓います」




 誓いなんて、必要ない。


 最初からフィー様は真心を尽くしてくれた。


 だから今度はわたしが返したい。




「指輪の交換を」




 差し出された箱には二つの指輪が並んでいる。


 どちらも銀色の土台にルビーがはめこまれていた。


 フィー様が小さいほうの指輪を手に取った。




「アデル、左手を出してもらえるかな?」




 差し出した左手を恭しく取り、フィー様が、わたしの薬指に指輪を通した。ピッタリだった。


 そしてそこに口付けられた。




「……フィー様も左手を出して」




 残った大きいほうの指輪を手に取る。


 そして差し出されたフィー様の左手薬指にはめる。


 そっと、そこへわたしも口付けた。


 ……まだ体が温かい。




「それでは、誓いの口付けを」




 フィー様の手がわたしの頬に触れる。


 整ったフィー様の顔が近付いた。


 まるで口付けていいか確かめるように、一瞬、フィー様が動きを止めた。


 わたしは少しだけ顔を寄せて、目を閉じる。


 すぐに唇に柔らかな感触が触れた。


 同時に祝福の言葉と拍手に包まれる。


 人数は多くはないけれど、それを補うように大きな拍手と明るい声が祈りの間に響き渡る。


 名残惜しそうに離れた感触に目を開ける。


 フィー様が幸せそうに微笑んでいた。




「僕の可愛いアデル」




 視界が滲む。


 優しく額が合わせられる。




「君を愛してるよ」




 囁くような言葉だけど、しっかりと聞こえた。


 あふれてくる涙が止まらない。


 伯爵家にいた頃は泣くことすら出来なかった。


 でも、今は違う。


 わたしを愛してくれる人がいる。


 愛したいと思える人がいる。


 ……これからは、この人がわたしの家族……。


 もう一度、今度はわたしのほうから口付けた。




「わたしも愛してるわ。……フィー」




 目の前で見開かれた紅が嬉しそうに細められる。


 そして、フィー様が笑った。


 ステンドグラスから差し込む光に照らされたそれは、とても無邪気で、幸福に満ちた、美しい笑顔だった。









* * * * *








 式後、公爵邸に戻るとまた花の雨を浴びることとなった。




「お帰りなさいませ!」


「ご結婚おめでとうございます!」




 と、祝福の言葉を沢山かけてもらった。


 でも、それに感動する時間はあまりなかった。


 今か今かとわたしの到着を待っていたメイド達に部屋へ連れて行かれると、一度化粧を落とし、今度は披露宴用の淡い紫のドレスに着替えてからまた化粧を施される。


 ……今頃フィー様、いえ、フィーも同じ状況かしら?


 ようやく身支度を整えて部屋を出ると、フィー様が待ってくれていた。




「挨拶に行こうか。父上と母上は忙しいから来られないみたいだけど、他の公爵家のみんなはほとんど来てるって。あと、フランが大泣きして大変みたい」




 フィーの言葉に驚いた。




「まあ、フランが?」


義姉上あねうえが宥めてくれているみたいだけど、アデルが会って声をかけたほうが多分、落ち着くんじゃないかな?」




 手を繋ぎ、会場へ向かう。


 ……まずは公爵様方にご挨拶をしないと……。


 なんて思っていたのだけれど、会場に入ってすぐ、フランは凄い勢いで駆け寄ってきた。




「ア、アデル、おめでとう……!!」




 そのままの勢いで抱き着かれる。


 後ろへ倒れそうになったところをフィーが支えてくれた。


 フランの後ろからヴァレール様もパタパタと駆けてくる。




「アデル、おめでとう〜!」




 ヴァレール様もひしと抱き着いてくる。


 フィーがそれに困ったように笑った。




「フラン、泣きすぎ」


「だって、結婚ですのよっ? しかも、アデルは吸血鬼へ転化するのでしょうっ? 同族は家族よ! 喜ぶのは当然ですわ!!」




 抱き締められてわたしは笑ってしまった。




「ありがとう、フラン。わたしも凄く嬉しいわ。吸血鬼に転化しても仲良くしてね」


「もちろんよ!」




 それから、フランが泣き止むまでが大変だった。


 でもフランのおかげで他の公爵家の方々のほうから話しかけてくださって、あまり緊張せずに話すことが出来た。


 他の公爵家の方々は一度夜会でご挨拶しているけれど、やはり穏やかで優しい人ばかりだった。


 結婚式も披露宴も滞りなく進み、そして、招待客の見送りを済ませる頃には夕方になっていた。




「……ちょっと疲れたね」




 苦笑するフィーに頷く。




「結婚って思った以上に大変だったわね」


「でも、今日からアデルは僕の奥さんだね?」


「そうね、わたしの旦那様」




 返事がなくて見上げれば、フィーの顔が少し赤い。




「旦那様って響き、なんか照れるね」




 気恥ずかしそうな表情を見せるフィーは可愛かった。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主役二人も参列客も裏方の人たちも、 愛情や感謝や祝福が真っ直ぐなのが素敵です。
[良い点] 祝福の描写が、とても美しい! 白い衣装、ルビーのアクセサリー、アデルちゃんの翠眼の上にもたらされる祝福の光! 読んでいるだけで、浄化されました! [一言] メイドさん達、良いぞ! 美形に磨…
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