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辺境日誌  作者: 東風
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第03話 異種

 子リスのような少年。

 それが、ノア・バーンズの印象だった。


 総じて、非力、忙しない。


 薪を割らせれば、手斧を飛ばしアナベルを殺しかけた。

 火を起こさせれば、息切れして倒れた。

 小枝を集めさせれば迷子になり、アナベルが捜索に出る羽目に。

 イノシシを捌いている最中に、血を見て気絶。


 人員が二倍になり、労働力も二倍、せめて1.5倍になるかと期待したのは一瞬。

 アナベルの労働量が三倍になっただけだった。

 自分が田舎に引きこもっている間に、新兵は幼年学校生を兼ねるようになったのだろうか。

 アナベルは真剣に悩んだ。


 人員の増加は、前回左遷されてきたクソザコを、出会った瞬間に半死半生に叩きのめし、王都に送り返したときから要請していた。

 「女を見境なく襲う犯罪者ではなく、まともで真面目な兵士をよこせ」と。


 それがどうだろう。

 やって来たのは、ほとんど子どもと言ってよい非力な少年。

 辞令には、軍資金使い込み初犯だったことと、仕事に対しては真面目で周囲の評判もよく多数の嘆願書が提出されたという理由で、三年間の辺境勤務となっていた。

 アナベルの任務は、少年を見張ることと、再度教育し直すこと、となっている。


 いや、嘘だろ。

 これは上層部からアナベルへの嫌がらせだ、と踏んでいた。

 あどけない少年を見ていると、使い込みをするようには見えない。

 寧ろ、兵士かどうかも怪しいほど非力だ。

 今までの強制的な嫌がらせがすべて不発に終わったから、今度はアナベルが自主的に音を上げて、退職するのを待っているに違いない。


 そうとなれば、目の前のことを受け止め、冷静に対処を、と思っていたのだが。


 「なるほどな。さすがの熊殺しも、勝手がわからずに泣き言をこぼしてるわけだ」

 眼の前で豪快に笑うのは、限界集落の最若手。

 トム爺さんだ。

 ツルリと広い額をなで上げ、涙が出るほど笑いこけている。

 「むき出しの頭皮を剥がしてやろうか、トム」

 左手でくるみを殻ごと割り、すごんでやると、青ざめたトム爺さんは居住まいを正して、わざとらしい咳払いをした。

 「いや、アレだ。まぁ、俺で力になれることがあれば……」

 「そう言ってくれるのを待っていた、爺さん」

 アナベルの不敵な笑みを見て、トム爺さんは、ここまでの流れが全てアナベルの想定内であったことを知った。

 「……おまえさんのそういうところを、上の奴らが気に食わないんじゃないのか?」

 「でも、爺さんは気に入ってくれてる、そうだろう?」

 トム爺さんが言い淀んでいる隙きに、アナベルは背嚢にしまい込んでいた袋を取り出した。

 テーブルに置かれた重量感と、カチャリと細かい金属片多数が奏でる音。トム爺さんは眉をひそめた。

 「アナベル、こいつは……」

 「一時保管を頼むよ、トム。保管料と指示書は中に入れてある。大して待たせないから」

 反論を封じるように、アナベルはさっさと立ち上がり、背嚢を背負いなおした。

 「頼んだよ」

 さっそうと去っていく迷いのない後ろ姿に、トム爺さんは何度めかになるため息をこぼした。

 「あれで男ならなぁ。世の中、ままならないもんだ」


 山の夜は早い。

 周囲が赤から深い藍色に変わっていく中、アナベルは急いでいた。

 気持ちの上では、年端もいかない幼児を留守番させている母である。いや、子どもなどいた事はないのだが。

 やっと山頂の砦が見えてくる。

 有事に利用する砦は普段の使い勝手が悪く、その手前に小屋があった。

 いつもは闇に溶け込んでいるはずの小屋から、温かな橙色の明かりが漏れていて、アナベルはホッとするよりも先に慌てた。

 「やばい! つけっぱなしだったか!」

 乱暴に扉を開け、頭から転がるようにはいると、かまどに立っていたノアが目を丸くして振り返る。

 「ア! アナベル! さん! お、おかえりなさい!」

 驚いたのはアナベルも同じだ。

 未だに、他者がいることになれていないことに、我ながら飽きれてしまう。

 と、同時に、力が抜けた。


 スパイスを効かせたシチュー、焼き立てのパン。

 もう何年も知らずにいた、懐かしい匂いがそこにはあった。


 「おまえさん、料理ができたのか……」

 「いえ、料理というほどのものじゃありませんが……」


 謙遜しつつもまんざらではない表情のノアは、座り込んだままのアナベルにタオルを手渡す。

 「もう少しでできますから、奥で汗を拭いてきてください」

 「あ……あぁ、……うん」


 ぎこちなく立ち上がり、タオルを首にかけると、ふわっと爽やかな香りが漂う。

 ギョッとして、ノアを振り返ると、少年は心配そうに首を傾げた。

 「干す時にミント水を軽く吹きかけたんです。虫よけになるので。

 ……お嫌いな匂いでしたか?」

 「いや、そ、そうか……ミントね。うん、ミント」

 ミントというのが何なのか、アナベルは全く知らなかったが、聞き返すのは癪だったので、わかっているふりをした。


 聞き慣れない生活音に背を向けて、寝室にはいると、再び力が抜けた。

 ストン、と腰が床に落ちる。

 両膝の間に頭を埋めると、首元のタオルから爽やかな香りが漂い、鼻孔をくすぐった。

 「なんなんだよ、ったく」

 イライラするような、落ち着かないような、しかし怒鳴りたいのとはまた違う血のざわめき。

 「本当に、何なんだよ」


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