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辺境日誌  作者: 東風
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第02話 衝撃

 ノア・バーンズは、十二歳の誕生日に家を追い出された。

 口減らしともいう。

 貧しい農家の八番目の息子として生まれ、体も小さく細く、力仕事には全く向いていなかった。

 かと言って、農家に力仕事以外がそうそうあるわけでもなく、雑用や小さな弟妹の面倒を見て何とか家族の役に立とうとしてきたが、干ばつの時に限界が来た。

 幼い弟妹が命を失い、父も病に倒れた。

 兄が家を継いだが、兄は自分の妻と家族を守ることを優先した。

 当たり前だ。

 ノアに不満はない。

 死んでいく弟妹を見ていて、これ以上、姪や甥まで失いたくはなかった。

 それくらいなら、食い扶持を減らすためにも、役に立たない自分が家を去るしかないというのは、ごく自然な結論だった。

 ただ、ノアだって野垂れ死にしたいわけじゃない。

 ノアは教会で奉仕活動をしつつ、時期を待った。

 そして、兵士募集の巡回役人が来たときに、応募した。


 体格に全く恵まれない上、本来の応募年齢に満たなかったため、役人にはかなり渋られたが、巡回中の雑事を引き受けて何とか納得してもらう。

 都についたあとも、繰り返されるいじめをかいくぐり、なんとか信頼できる上司を見つけ、頑張った。

 教会で読み書き算術を教えてもらったことが功を奏し、若い脳筋たちの中で、「力はないけど、ちょっと役に立つ子ども」というポジションを手に入れた。

 ところが、好事魔多し。

 上司から依頼されていた帳簿の数字がおかしい。

 具体的に言うと、ノアが感じる支出以上の数字が動いている。

 学のないノアに、二重帳簿という知識はなかったが、それが良くないものであることは理解できた。

 そして、なんの躊躇いもなく上司に指摘し……。


 結果、拘留されたのはノアだった。

 すべての罪を押し付けられたと知ったのは、尋問と称した拷問の末、罪を認めたサインのあと。


 結局、ノアは初犯であったということ、若いということ、無知であったことを理由に、執行猶予が認められた。

 三年の無料奉仕が言い渡され、この辺境に赴任してきた。

 それでも、命があっただけマシだとノアは思っている。

 いや、思っていた。


 草むらから飛び出してきた()は、背後に首を切り落とした鹿を背負い、背中もズボンも血まみれだった。

 はっきりとは見えないが、顔には血が飛び散っているうえに、真っ黒なもじゃもじゃの髪には小枝や葉っぱが絡まっている。

 粗末な貫頭衣にかぎ裂きだらけのズボン。

 右手には抜身のショートソード。

 どこからどう見ても、山賊だ。


 何を言葉にしたのかなど覚えていない。

 ノアの意識は暗転した。


 見慣れない天井、というか屋根裏が、視界に入った最初のものだ。

 「僕は殺されたのかな……」

 「物騒な寝言だな」

 応えがあるとは思わなかったので、ノアは驚いて起き上がった。

 そして、目の前の漆黒の影にまた気が遠くなりそうになる。

 「おいおい、勘弁してくれ。

 目を合わせるたびに気絶を繰り返すつもりかい?」

 柔らかなアルトの声は、普段、酒焼けしただみ声ばかり聞いてきたノアの気絶を思いとどまらせた。

 パチパチと瞬きを繰り返し、黒い影をよく見る。

 背後に暖炉の明かりがあるため逆光になっているが、シルエットは思っていたより大きくない。

 兵営にいたような巨漢ではなく、ほっそりとしている。ただ、肩の盛り上がりや、手首の太さはノアをしのぎ、ノアに伸ばされた腕と中途半端な姿勢は観察の間も小動(こゆるぎ)もしない。

 体幹がしっかりしている証だろう。


 ノアが気絶せずに、しかし緊張のあまり固まっているのを見て取ると、黒い影は後ろに引いた。

 ランプの明かりが、その容貌を照らし出した。

 猛禽類を思わせる鋭い眼差し、すっと通った鼻筋、薄い唇は皮肉げに片方だけがあがっていた。

 全体的に、端正と言っても良い顔立ちだ。

 無駄な筋肉は何一つないような、ほっそりとしたしなやかな体つき。

 優雅と言っても良い風貌にノアは魅せられ、ぽかんと口を開けた。

 こんなに格好いい山賊は生まれて初めて見た、と思った。

 他に山賊など見たこともなかったのだが。


 「しっかりしてくれ。あんたは起きたのか? それともまだ、寝ぼけてるのかい?」

 乱暴に頬を叩かれ、ようやくノアは飛び上がった。

 「あ、あ、ひゃぁ! す、すみません。ごめんなさい。命だけは助けてください!」

 ノアがベッドの上に土下座すると、目の前の人物は頭をガシガシと掻いた。

 「あぁ、私も悪かった。あんな格好だったものね。誤解するのも無理ないよ」

 眼の前の人物は、ノアの両脇に腕を突っ込むと、軽々と彼を持ち上げる。

 びっくりして見開く眼の前に、ニッと細められた目があった。

 「私はアナベル。アナベル・ロペス。

 騎士で、あんたの上官だよ。よろしくね」

 ノアはさらに混乱した。


 どこをどう見ても、男がその理想として描きそうなほどに、端正でいて、少しワイルドで、均整の取れたしなやかな肢体を持つ、男らしい男が、女性のような名前を名乗る。

 幼い頃は花のように可愛らしかったのかもしれない。

 その名が馴染んでいた頃のアナベルを思い浮かべてみる。


 「あの、僕、そのお名前も格好いいと思います! おと、男らしいです!」

 「はぁ?」

 アナベルの心底、意味不明、と表明した声を聞いた瞬間、ノアはもう一度、気絶した。

 単純に、処理されるべき情報がノアの限界をこえたのだ。

 「え、おい、ちょっとお待ちよ! ちょっと!」

 アナベルの悲痛な叫びが、夜の静寂に響き渡った。


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