第13話 新年
カレンダーに印をつけ、年が明けたことを確認する。
「新年、おめでとう、ノア」
「おめでとうございます、アナベルさん」
八頭目の犬のように、幻の尻尾をブンブン振りまくるノアは、相変わらずアナベルに懐いている。
アナベルの告解は、本気と捉えられていないようだった。
あんな内容を冗談で言うとしたら、その方がはるかに性格がねじ曲がっていると思うのだが。
いや、実際、ねじ曲がっていると評価しているから、あれを冗談と判断したのか?
アナベルは、態度が変わらないどころか、そばをついて回る新兵をどう扱ってよいか、考えあぐねていた。
年が明けてすぐ、伝令兵が犬ぞりとともにやってきた。
顔なじみの男・ブライアンは、鞄から紙の束を取り出した。
「こっちは軍本部から。これはローエンとかいう商人から」
「ん? あぁ、ありがとう」
思ったよりも早いローエンからの返事に、アナベルは礼を言って受け取る。
「定期報告書は用意している。指令書は今読んでくるから、ここで寛いでいてくれ」
ブライアンの犬達を、空っぽの厩舎にまとめて入れ、ブライアンにはダイニングに食事を用意した。
「はぁ? おまえの手作りとか、俺の命を奪う気か?」
たじろぐ伝令兵の頭を軽く小突いた。
「私がこんな凝った料理を作れるものか。これはノアが作ってくれたんだよ。
ノア、こいつの相手を頼む」
「はいっ!」
何故か、ずっとブライアンを睨みつけているノアに一抹の不安を感じつつも、アナベルは受け取ったばかりの手紙をもって、書斎へと移動した。
軍本部からは、国境近辺での流民の移動が活発化していることの連絡と、それに伴い、一部流民が山賊化していることの懸念が書かれていた。
実際、少し離れた他の砦では、山賊との交戦もあったらしい。
捕えることができず、近辺を徘徊している可能性も高いので、これまで以上に監視の目を厳しくするように、と指示されていた。
「二人っきりの砦に、どこまで期待してるんだろうね」
思わず毒づき、謹んで承る旨の返信を認める。
続いて、ローエンからの手紙を見た。
封書には開封した跡がある。
軍の検閲を受けるだろうことはわかっていた。
内容に目を通す。
やはりというべきか。
ノアは完全な冤罪だ。
当時の上司だけでなく、その上の兵士長こそが私腹を肥やした真犯人であった。
兵士長は自分の息がかかった者たちを経理に入れ、かなりの金額を横領していた。
愛人まで囲い、贅沢三昧だったようだ。
当初、監査の者も買収していたようだが、ノアが来る直前、監査官に、より高位で清廉な男がつく。
横領が暴かれるのは時間の問題だった。
隠しきれない証拠の数々を、彼らはノアに擦り付けた。
ノアが殺されなかったのは、自供が必要だったからだ。
拷問の末、自供書にサインさせられたノアは、本来であればそのまま獄中で殺される予定だったのだろう。
ところが、監査官がノアの身柄を引き取った。
慌てたのは兵士長たちだ。
余計なことがノアの口から洩れるのは困る。
彼らは、嘆願書という名目でノアを釈放させ、この辺境に送り込んだ。
「なるほど……」
ローエンとリリスに頼んだ情報収集は、兵士長自身に隠す気があまりないためか、面白いほど集まった。
今は、兵士団の中の素行の悪いのを集めて、数日留守にするということを繰り返しているらしい。
兵長は、軍内部にはいろいろと取り繕っているようだが、歓楽街で派手に動いているため、市井では情報が面白いくらい集まった。
騎士団と兵士団は組織としては別だ。
騎士団の下に兵士団がいるものの、経理は別となっているし、担うべき役割も違う。
騎士団は純粋な戦力だ。職業軍人であり、戦時には兵士団を率い、戦線に投入される。
一方、兵士団は半民半官で、平時は副業を持っていることが多い。
常駐の軍人と、非常事態の予備人員くらいの違いだろうか。
そうは言っても、兵士としての訓練もなく非常時に役に立つはずもない。
平時にも一定人数の兵士団は存在し、いざという時に備える必要があった。
「兵士団は予想以上に腐敗しているようだね」
アナベルは女騎士として、日頃から兵士たちににらまれることが多いので気づかなかったが、街の兵営も王都の兵士団もかなり緩んできているのだろう。
近年、大きな戦争は起こっていない。
それはつまり、兵士団を維持する上層部が腐っていても、表層的には問題なく組織を維持できてしまう、ということだ。
あまり大事にするつもりはなかったのだが、相手の出方によっては大事になりそうだ。
アナベルは書きあがった手紙を封蝋で閉じ、定期報告書とともにまとめた。
天候のため一泊した伝令兵は、翌朝、晴れ間と雲の動きを確認して、帰っていった。
遠ざかる雪煙を睨みつけていたノアを、アナベルは砦の中に招き入れる。
「ノア、明日から数日、外の警戒を強化するから、そのつもりでいてくれ」
「強化、ですか? 山賊の情報があったからですか?」
ノアは少ない情報から、思い当たったのだろう、表情を引き締めて見返してくる。
少し前までは、背伸びする子どものようなノアだったが、派遣されてきたころと比べると格段に凛々しくなっていた。
効率的な訓練と食事と睡眠をしっかりとっているからか、体の厚みも増した。
アナベルは、ノアの質問には答えず、空を見た。
「東の空に狼煙が上がったら、必ず色を確認するように。
恐らく、三色見えるはずだが、時間差であげられるので、全色確認するまではその場を離れないように」
「……信号ですね。東の砦から?」
東は王都に近いほうの砦だ。
山賊関連なら、寧ろ北か西の砦からの信号だろう。
そんな疑問が顔に浮かんでいるが、詳細を尋ねることはしなかった。
ノアとで軍人の一人だ。上意下達は身に染みているのだろう。
それからの数日、アナベルは、これまで連れて行かなかった雪中の警備にノアを伴った。
多少の吹雪なら構わず連れまわし、本来の冬の厳しさを叩きこむ。
幸い、大型の獣に襲われることはなかったが、雪山は歩いているだけで死が身近にあることを、ノアはしっかり学んだようだった。
ノアの勘所の良さに感心していたところで、待望の狼煙が見えた。
東の空にはっきりと、三色。
二人そろって見つけたので、全色上がりきるまで、二人とも雪原で立ち尽くしていた。




