表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境日誌  作者: 東風
1/25

第01話 来客

久々の連載です。

22話で完結します。

 カラン、カラン、カラン……。

 高い空へ響き渡る甲高い音に気づき、アナベルは帽子のつばを持ち上げた。

 しばし目を閉じ耳を澄ませると、聞き間違いようのない板が打ち合う音。

 「おかしいな、爺さんは五日前に来たばかりなんだが」

 指折り数えても、来訪者がいるはずのない日数だ。

 アナベル・ロペスは嫌な予感を覚えながらも、慌てて山を下りた。


 ここは辺境の末端。

 隣国との国境にある山深い場所だ。

 頂には物見の塔が設置され、そこには国境を警備するべき騎士が常駐する。

 国境に異変があれば、物見の塔は狼煙で異変を周囲に伝達し、同時に最前線が出来上がるまでの障壁とならねばならない。

 いわば捨て石とも言うべき場所だが、同時に大切な守備の要でもある。

 志高い騎士が日夜警邏に当たっている……というのは昔の話。

 この国境近辺がにぎわったのは五十年近く前。

 今では、経済の拠点を海側に奪われ、山間の道路は打ち捨てられて久しい。

 隣国との交易も、より南下した場所にある川を使っているため、この国境地帯は無用の長物。

 木材以外の主要産業がなく、近場の村でさえも徐々に廃れて遠ざかっていく始末。

 アナベルが赴任する前から、一番近い村は老人だらけの限界集落となっていた。

 おかげで、王都近辺では、物見の塔への配属を左遷と同義に捉えられ、問題ある騎士や兵士の流刑地となり果てていた。

 軍規に従わない兵士、違法な犯罪に手を染めていると噂される騎士、上が扱いかねる騎士(・・・・・・・・・)

 七年間。アナベルの他にも六人の騎士や兵士がこの地に流れてきたが、その誰もがここに居つくことはできなかった。

 アナベルを除いて。


 沢で手と顔を洗い、改めて反対側の尾根を目指して山を登る。

 息を切らすことはないが、汗でまとわりつく髪を首の後ろで縛り直し、獲物を改めて固定した。

 先ほどまで響いていた音はとっくの昔に止んでいる。

 客人がすでに去った可能性も考慮しながら、アナベルはそれでも一応、急いだ。


 獣道すらない草むらから飛び出すと、すぐそばで「うぎゃっ!」という男性の声が聞こえた。

 すわ、敵襲か? とアナベルがショートソードを抜き放つと、今度は「ひえぇぇっ!」と力ない悲鳴が響き、アナベルの視線の先で、力なく地面に座り込んだ少年が見えた。

 柔らかな茶髪は少年の気性を表すかのように真っすぐ流れ、首にかかったところできれいに切り揃えられている。大病のあとのように白い肌。新緑のような緑の瞳は大きく見開かれてアナベルを凝視していた。

 そばかすの浮いた鼻の下で全開になった口には、それをふさぐように両手が添えられていたが、指の隙間からぜーはーと呼吸音が漏れていて、無駄でしかなかった。

 まだ子どもだ。十ニ、三歳くらいだろうか?

 若枝のように細く頼りない手足、体も成長途中の薄さ。

 ほとんど汚れのない正規兵のユニフォームに、真新しいショートソードの鞘。


 アナベルが自分より年下を見たのは、実に七年ぶりであった。

 最寄りの村の最年少は六十四歳、孫もいる爺さんだ。

 「誰だ、君は?」

 ショートソードを鞘に戻しつつ問いかけると、少年は地面に座ったまま、後ずさった。

 「あの、怪しいものでは……あの、だから…………殺さないで!」

 「は?」

 戸惑って一歩近づいたところで、少年は「あ」と声を漏らした後、ゆっくりと後ろに倒れていった。

 「おい、君!」

 あっさりと気絶した少年を前に、アナベルは自分がどう見えるのかなど考えてもいなかった。


 背中に首を切り落とした鹿を背負い、背中もズボンも血まみれだ。

 申し訳程度に沢で洗ってきた手はキレイだったが、よく確認しなかった顔はあちこちにまだ血が飛び散っている上、真っ黒な癖毛には小枝や葉っぱが絡まっている。

 粗末な貫頭衣にかぎ裂きだらけのズボン。

 右手には抜身のショートソード。

 どこからどう見ても、山賊だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ