99:キスをしたい
「夏にホットアップルパイを食べるのは、一興だ」
「そうですね、ベリルお嬢様。敷地の外は冬。美味しい林檎が沢山手に入ります。でも敷地の中は夏。夏に冬が旬のリンゴのパイを楽しむ。こんな楽しみ方、この別荘でしかできません」
「しかもこの場所で、温かいパイを食べるのがいい」
「ええ。キャノス様の魔法のおかげです、ベリルお嬢様」
ホットアップルパイが乗った皿とフォークをセッティングすると、アレンは恭しく一礼し、テントを出た。
その頃には、快感も収まっていた。
だが、まだ心臓はドキドキしたままだ。
だってアレンにバッチリ見られていたのだから……。
ベリルはゆっくり俺の手首を解放した。そしてぐいっと勢いよく俺の体を起こすと、手早くシャツのボタンをとめる。
アレンに見られたこと、全然気にしていない……。
「拓海」
ふいに優しい声で名前を呼ばれた。
ベリルの手にはフォークがあり、そこに切り分けられたアップルパイが乗せられている。初々しい笑みを浮かべ、そのアップルパイを俺の口元に運んだ。
……これってもしかして俺とベリルのファーストバイト。
いや、それは披露宴の時にするものだよ、と自分で自分をツッコミつつ、でも嬉しいことに変わりはなく、満面の笑みでアップルパイを頬張った。
「……! 出来立てのように温かい!」
「美味しいか?」
「美味しいよ。ベリルも食べて」
自分の前に置かれたアップルパイをナイフで切り、フォークですくう。
控えめに口を開けるベリルは、なんだか色っぽく見える。
ドキドキしながら、その口元へフォークを運ぶ。
ベリルはさらに少し口を大きく開け、俺をチラッと見てから、アップルパイを口にいれた。
その時。
林檎の果汁が、ベリルのチェリーレッド色の唇から、一滴だけこぼれ落ちた。
ベリルの腕を掴み、顔を近づけ、その滴を自分の唇で受け止める。
ゆっくり顔を離すと、ベリルの唇は、ほんの数ミリ動けば届く距離にあった。
……キスをしたい。
ベリルと唇のキスをしたことは、まだない。
「拓海、私達は騎士なのだから、婚儀の前に、過ちをおかしてはいけないよ」
唐突にキャノスの言葉を、思い出してしまった。
断腸の思いで、ベリルから離れる。
くそーっ、俺、なんで騎士道なんて学んでしまったんだ⁉
それに婚儀の前の過ちって、どのレベルが過ちなんだ⁉
「拓海、冷めないうちに食べたい」
ベリルの言葉に我にかえり、慌ててアップルパイをフォークですくう。
結局。
あの後はただお互いに、アップルパイを食べさせあって終わった。
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