87:交渉
別荘までは、バンで戻ることになった。
ベリル達は空を飛べるし、怪力だから、そのまま俺たちを担ぎ上げ、飛んで戻ることもできた。でもそうしなかったのは、雪が本降りになってきたというのもあるが、時間を無駄にしないため、バンで移動することにしたのだ。
時間を無駄にしない。
つまり、ベリルはゼテクと交渉を始めたのだ。
車の運転はバーミリオン。助手席には俺が座った。
後ろのスペースにはベリル、キャノス、ヴァイオレットが座り、その対面にゼテク、その隣に魔術が効かない体質のリマとジャマール、そしてキャノスにより眠らされたレイラが乗っている。ちなみに魔術が効かないリマとジャマールには、物理的な拘束がなされていた。
バンが動き出すと、俺はバックミラーで、後ろの様子を伺うことにした。
「さて、ゼテク。二度に渡り、拓海をさらったこと、私がどれだけ腹に据えかねているか、分かっているだろうな」
ベリルは鋭い睨みを、ゼテクに向けている。
「ヴァンパイアは人間の血を好むが、魔法使いの血だって嫌いなわけではない。……魔法使いの血は希少だからな。嗜好品として人気だ。お前の血を絞りとり、美しいガラスの瓶に入れ、売りさばくこともできるのだぞ」
布で口を拘束されているリマが、身動きをとろうとするのを、ゼテクは手で制した。
ゼテクの口は封じられているが、手足は拘束されていない。
魔法使いは魔法こそ使えるが、腕力はないに等しいと言われていた。口さえ封じてしまえば、手足が自由でも問題がないと、さっきヴァイオレットが言っていた。それにもしゼテクが暴れたとしても、ヴァンパイアの怪力の前では意味がないとも。
「私がお前に手を出さないのには、理由がある」
ベリルがゼテクを直視する。
「ゼテク、二度は言わない。私はお前たちを雇う。お前たち、というのは、『ザイド』という組織そのものだ」
ゼテクは目を細め、ベリルを見据える。
リマは目を大きく見開いた。
表情を変化させることがないジャマールの顔が、初めてピクリと動く。
「報酬は案件ごとに支払うが、それ以外にブラッド国内における住まいと保護を与えよう。定住ができないお前たちは、常に流浪の身だ。それをお前たちは自由と前向きにとらえているようだが、それは自由とは程遠いものだ。常に不安がつきまとう。最後に熟睡したのはいつだ? 息をするように嘘をついて生きることに、疲れないか?」
ベリルの言葉に一番反応したのは、リマだ。
思い当たることが沢山あるのだろう……。
「住まいに仲間を呼びせることも許そう。ただし、狂殺者だけはダメだ。お前たち自身が手をこまねている災厄を、ブラッド国に持ち込むことは許さない。それは理解できるだろう?」
ゼテクは今の所、首を縦にふることも、横に振ることもなく、ただベリルの話を聞いている。一方、リマは狂殺者という言葉が出た瞬間、体を震わせていた。ジャマールはその言葉を聞くと、目を閉じた。
「バーミリオン、狂殺者って何なんだ?」
「暗殺組織とはいえ、構成員は人間だ。人間は生まれた時から暗殺者なわけではない。誰かを殺すためには、自身の中のリミッターを外す必要がある。それを自力でできる者もいれば、できない者もいる。自力できない者には薬を使う。リミッターは一度外れれば、薬は不要なはずだ。でもその薬を手放せなくなる場合がある。
周囲がそれに気づき、早い段階で止めておけば、問題はない。だが周囲に気づかれずに薬を使い続けると……。もはや寝ても覚めても殺しのことしか考えられなくなる。それが狂殺者だ。
暗殺組織の中には度々狂殺者が出現してしまうが、組織内おいても厄介者扱いだ。ただ、殺しの腕に関しては、すこぶる高い。だから薬で眠らせ、ターゲットの元に送り込み、あとは放置というか、使い捨ての駒にして処分されることが多いと言われている」
なるほど。
確かにそんな奴らを、ブラッド国に引き入れるわけにはいかないだろう。
ベリルの言うことはまっとうなことに思えた。
「断るのは懸命な判断ではないと思っている。お前たちは拓海をさらおうとした。でも一度目と二度目では、罪の重さが格段に違うことは、認識しているはずだ」
ゼテクは未だ返事をしない。
リマはゼテクの顔を心配そうに見ている。
ジャマールは無表情に戻っていた。
「それと。私の目は誤魔化せない。現『ザイド』の頭領はゼテク、お前だ。私の話を受ける、受けないの判断は、お前ができるはずだ」
⁉
ゼテクが『ザイド』の頭領⁉
驚いて後ろを振り返った。
「そしてリマとレイラは姉妹だ。ゼテク、お前の孫だろう」
⁉
ベリルはなぜそんなことまで分かっているんだ⁉
「ではゼテク、私の申し出を受けるか、受けないか? 受けるなら頷け」
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次回更新タイトルは
『拓海くんを手放すつもりはないわよ』
他2話です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
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