82:これを押すしか手段がない
ほどなくして車は止まった。
レイラは渋い表情で、俺の手と足を縛っていたロープをほどく。
運転席から魔人……彼らの会話から名はジャマールだと分かった……が降りてきた。
後ろのドアが開き、ジャマールがジロリと俺を見る。
思わず申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
……相当痛かったよな。
ジャマールは顎を動かし、「降りろ」と示した。
その指示に従い、バンから降りる。
降りた瞬間、あまりの寒さに、その場で縮み上がった。
地面には雪が降り積もっており、見上げた鉛色の空からも、灰のように白いものが降っている。
雪だ……。
「さっさと行ってきなさいよ!」
レイラが怒鳴った。
動こうとするが、体が寒さで委縮し、動けない。
「まったく世話がやける奴じゃ」
ゼテクは魔法を使い、服を用意した。
長袖のシャツにフロックコート。ズボンにブーツだ。
リマがフロックコートを着せ、残りの服とブーツを俺にもたせる。
ジャマールは片手で俺を抱え上げると、ゆっくり歩き出した。
素早く周囲に目を走らせる。
左右に建物が見えた。
トラックや車が何台か止まっている。
駐車場か。
唐突に地面に降ろされた。
ジャマールは無言で、「トイレに入れ」と目で促す。
正面にはジャマール。背後にはトイレのドア。
左右には誰もいない空間。
でも。
この寒さでは、服を着ないと逃げるのは無理だ。
俺はトイレに入った。
まずは着替えよう。
半袖のシャツの上に、長袖のシャツを着て、フロックコートを羽織りなおす。ズボンも重ね履きして、ブーツをはいた。
どうやって逃げよう。
窓があった。
ここから逃げられるか?
便座の上に立ち、そうっと窓をスライドさせた。
‼
窓の下にはレイラがいる。
ダメか。
!
非常用ボタンがある!
でもこれを押すとどうなるんだ? 警報音がなったりするのか? そうしたら外にいるジャマールやレイラにも、気づかれてしまう……。
でも、これを押すしか手段がない。
逃げ切られなかったとしても、ここで騒ぎを起こせば、誰かがここを調べてくれるかもしれない。脱いだ革靴を、ゴミ箱の後ろに隠す。
そして非常用ボタンを押した。
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