80:裏切り?
「今日ここにいた皆さんは騎士ですよね。それも騎士の中でも上位者の方々。主専属の三騎士の皆さま。誇り高い精神をお持ちであることは、重々承知しています。それでも今日ここで会えたことに、運命的なものを感じざるをえません。どうか一度でいいので、抱きしめてキスをしていただけませんか。この一度限りでいいので、どうか、お願いします」
すがるようにその踊り子は、黒い瞳を向ける。
「え⁉ でもそれは亡くなった恋人への裏切りになりませんか⁉」
「裏切り……そうでしょうか。彼にそっくりなあなたに抱きしめられ、キスを望むことが裏切りですか?」
「……」
亡くなった恋人とは、もう二度と抱き合うことも、キスもできない。
でも恋人と瓜二つの人がいて、その相手に抱きしめられたい、キスして欲しいと願うことは……。
⁉
踊り子が抱きついていた。
柔らかいバストが押し当てられ、驚いて離れようとする。が、踊り子は両手を背中に回し、離れようとしない。
「お願いします!」
据え膳食わぬは男の恥……とは言うけれど。
「いや、ごめんなさい、無理です!」
「どうしてですか? 私は魅力的ではありませんか?」
妖艶な踊りができて、魅惑的な体もしている。
性格だって悪くなさそうだ。でも……。
「魅力的ですけど、俺には好きな人がいるんです」
「‼ で、でもたかがキスです。ほんの一瞬ですから」
「そ、そーゆう問題じゃないです。彼女のことを裏切りたくないんです」
そう。俺にはベリルがいる。ベリルは俺の絶対だ。
「バレません。ここにはキッチンカーのスタッフしかいません」
その言葉に思わず周囲を見渡すと、確かにもう騎士の姿はなかった。
少し離れた場所で、後片付けをするキッチンカーの店員ぐらいしか、見当たらない。
だが……。
「バレるとかバレないの問題ではなく、俺が嫌なんです! そもそも彼女ともキスしていないのに。俺のファーストキスを、あなたに奪われるわけにはいかないんです!」
「はあああ?」
踊り子があきれた瞬間。
腕にチクッとした痛みを感じた。
……え。
驚いて横を見ると、エメラルドグリーンの衣装を着た、もう一人の踊り子がいた。
手には注射器を持っている。
「もう、君、ホント、面倒だな~」
聞いたことがある声だった。






