66:まるで夏祭り
夜は、ベリルと婚約者候補6人だけでの、着席してのディナーだった。
つまり今晩、夜会はない。
代わりに、お昼はランチパーティーが行われることになっている。
会場もいつもと違い、屋外。
俺がまだ行ったことのない、噴水を中心に芝生が広がる、庭園エリアで行われるという。
そろそろ会場に向かおうと思ったら、キャノスとスピネルが部屋に来て、一緒に会場へ向かうことになった。
スピネルはブラウンのサンドレスで、大ぶりのターコイズのネックレス、ウエストにまかれた革紐にもターコイズが飾られており、シンプルだがセンスのある装いだった。
キャノスは俺と同じ、白シャツに黒のズボンに革靴だ。
「拓海が毎日愛用しているから、つい私も着てみたくなりました」
そう言って微笑むキャノスは、まるで留学生にしか見えない。
もしキャノスが俺のいた世界にいて、この姿で一緒に高校に通っていたら……相当モテるだろう。
そんなことを思いながら歩いて行くと、香ばしい香りが漂ってきた。
会場が見えてきて、そこには巨大な白いパーティーテントが設置されている。
そしてこの懐かしい香りの正体も分かった。……ソースだ!
テントの下で調理人が料理していたのは、焼きそば、お好み焼き、たこ焼きだった。
俺は驚いて、スピネルとキャノスを見た。
「この料理、俺がいた世界、というか俺がいた国の料理なんだ。なんでこれがこの世界にもあるんだ⁉」
スピネルは「あら、そうなの」と言った後に、この料理の来歴について教えてくれた。
この料理は人間が暮らすポリアース国から伝わったもので、ブラッド国では夏の屋外のパーティーで食べるという。使われている調味料はポリアース国との交易で得たもので、たこ焼きもお好み焼きも焼きそばも、ブラッド国では高級料理として扱われている。基本的に人間を供物――食料と考えるブラッド国とポリアース国は、仲がいいわけではない。でもブラッド国でしか算出しない金属もあり、交易は行われていた。
「あ、ベリルが来たわよ」
その姿を見て心底驚いた。
今、この場所に漂うソースの香り。
それもあいまって、ここが異世界であることを忘れそうだった。
ベリルとその後ろに続くヴァイオレットとバーミリオンが着ているのは、浴衣だった。
ベリルは赤紅色の生地に、赤紫と藍色のアサガオが描かれた、目にも鮮やかな浴衣姿だ。帯は明るいヒマワリ色。綺麗に結い上げられた髪には、つまみ細工の髪飾り。
完璧なコーディネートで、ベリルの美しさが、見事に浴衣を通じて表現されている。
後ろに続くヴァイオレットは、白地に大ぶりの紫の花が沢山描かれた浴衣に、牡丹色の帯。バーミリオンは淡黄色の生地に、鮮やかな橙色の牡丹が描かれた浴衣と朱色の帯だった。
三人ともちゃんと下駄も履いており、まるでここは夏祭りの会場ではないかと錯覚しそうだ。
ベリル達が来るのと同時に、婚約者候補6人も会場入りしたが、彼らも浴衣を着ている。
「ベリルや婚約者候補が着ている服、俺がいた国の伝統的な衣装の一つで、浴衣って言うんだ。夏のお祭りや花火を見る時に着る衣装で……まさかブラッド国で浴衣を見るとは思わなくて、驚いたよ」
俺の言葉に、スピネルとキャノスも驚いている。
「ということは、もしかするとポリアース国には、拓海と同じ世界から来た人間がいる、もしくはいた、のかもしれないですね」
キャノスが笑顔で俺を見る。
もしポリアース国に、日本から来た人がいるなら……会ってみたかった。
チリーン、チリーンと風鈴の音がする。
カレンが、皆の注目を集めるための合図に、風鈴を使っていた。用途は違うが、風鈴もブラッド国にあることに、俺はまたも驚くことになる。
ベリルは会場を見渡し、そして婚約者候補6人を見て微笑んだ。
ランチパーティー開始の挨拶をするため、会場を見渡し、婚約者候補に微笑みを向けたのだが……。
俺はその微笑みを見て、気づいてしまった。
それは教えてもらっていなければ、見逃すぐらいの一瞬のことだった。
ルビーのように輝く瞳の奥で、チラリとのぞいた悲しい影。
食欲をそそる香りが立ち込め、日差しはテントごしにも感じられ、明るく温かく、そこに悲しみの要素などない。
でもベリルの瞳には、深い悲しみの影が宿っていた。
――
「ベリル嬢はみんなの前で、いつも輝くような笑顔を見せてくれる。でもその笑顔がとても辛そうに感じるんだ」
「この笑顔を向けたいのは、ぼく達じゃなくて別の人。でもベリル嬢はその人に、その笑顔を向けることができない。自分の気持ちを押し殺している」
――
エクリュの言葉が蘇る。
胸が締め付けられた。
その笑顔は、本当は誰に向けたかったのか。
ベリルの気持ちに気づき、ベリルの気持ちを想うと、胸が張り裂けそうになった。
なんでこんなに苦しいんだ……。
ランチパーティーは始まり、いつものように婚約者候補はベリルの元に集まった。ヴァイオレットとバーミリオンは、俺たちのそばにやってきて、何か話している。
でも俺は全然その言葉が頭に入って来ない。
ただただ自分の中で湧き上がる苦しい気持ちに、戸惑っていた。
本日更新分を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『どんなに想っても叶わない』
『拓海様、大人の階段上ってくださいね』
『熱烈なアプローチにベリルは……』です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています‼






