62:ベリルに自由を与えられる奴
カーテンを開けたまま寝てしまったので、朝陽が差し込むと、すぐに目覚めてしまった。
そういえばベリルたちはヴァンパイアなのに、太陽光、大丈夫なんだな。
今更そんなことを思ってしまう。
そう考えるとニンニクも大丈夫だし、宗教がないから十字架も聖水も関係ないし、創作の世界が描くヴァンパイアと現実のヴァンパイアは全く違っていた。
俺は大の字になり、天蓋を眺める。
自然と昨夜のことが思い返された。
映画を観ていた時のベリルの反応。
柔らかくて、暖かくて、いい香りがして……。
その一方で、気にかかっていることもあった。
昨晩、何か余計なことを言ってしまったのだろうか……。
「私も拓海のいた世界のように、自由な恋愛をしてみたかった」
ベリルの言葉が頭に引っ掛かっていた。
あんなことを言ったということは……。
スピネルが言っていた通り、ベリルは今いる婚約者候補の中で、いいと思える人がいない。
というか、今のところ何も問題がないのだから、クレメンスで決定だと思うのだが、そのクレメンスでは納得できない、ということでもある。
なぜクレメンスではダメなのだろう?
容姿も完璧。性格も完璧。魔術も完璧。
不思議だった。
でも、スピネルはベリルの好みのタイプは「無鉄砲で鈍感な人」と言っていた。
確かにクレメンスは、そのどちらにも当てはまらない。
ちゃんと王道を進み、きめ細やかな気配りができるヴァンパイアだった。
だが……。
ベリルは自由という言葉を使っている。
無鉄砲で鈍感な奴なら、確かにベリルのしがらみを無視して、新しい世界へ連れ出してくれそうだ。
無鉄砲で鈍感な奴、そいつはベリルに自由を与えられる奴……。
そんな奴、いるのか……?
考えても思い当たらない。
俺は思いっきり伸びをした。
目は完全に覚めてしまった。
……散歩でも行くか。
俺はベッドから起き上がった。
◇
部屋から庭に出ると、俺はプールを避け、庭園エリアに歩みを進めた。
外は真冬なのに、庭園ではヒマワリが咲き、西洋アサガオが風に揺れ、ブーゲンビリアが開花している。
「!」
数メートル先のベンチに、エクリュが一人座っていた。
「髪も肌も真っ白で、まるで雪の精」とスピネルが言っていたが、白いシャツに白のズボンだったので、本当に雪の精みたいだ。
「エクリュ様、おはようございます」
俺が声をかけると、エクリュはゆっくり顔を上げる。
アメシストのような瞳が、俺を捉えた。
「……拓海くん、おはよう」
のんびり挨拶をすると、体をずらした。
隣にどうぞ、ということか。
俺はエクリュの横に腰をおろす。
「早朝から散歩かい?」
エクリュが俺を見た。
「はい。カーテンを開けて寝ていたら、朝陽と共に目が覚めてしまって」
「ああ、なるほど」
「エクリュ様はどうしてこちらへ?」
「外は冬なのに、ここには夏の花が沢山咲いている。だからちょっとスケッチを」
よく見ると、エクリュはA5サイズのスケッチブックと鉛筆を持っている。
シャツのポケットにも、鉛筆が数本見えた。
「エクリュ様は素敵な歌声の持ち主で、絵のセンスもあると聞いています。差支えなければ、スケッチブックを見せていただいても?」
俺の言葉にエクリュは、恥ずかしそうに微笑んだ。
「そんな大したものではないけど……」
そう言いながらもエクリュは、手にしていたスケッチブックを俺に手渡した。






