61:無敵タイム
ベリルは少し見ただけで怖かった、と言っていたので、それなりの覚悟をしていたのだが……。
ホラー映画と言っても心霊系ではなく、モンスター系。
突然発見された死体があり、犯人は誰なのか⁉となり、最初は姿も見えず、足音だけが聞こえていたり、不気味な声が響いていたりするのだが。次第にその姿が明らかになると……。
犯人はモンスター、不気味なクリーチャーというオチ。
しかもモンスターは分かりやすく、「絶対に死なないわ」と豪語したヒロインの友人、「そんなのどうせ気のせいよ」と彼氏とイチャイチャしているカップル、一人だけ逃げ出そうとした気が弱そうな男子などを、次々と手にかけて行く。
死亡フラグが立ちまくっているので、次、怖いシーン来ます、と俺は分かってしまうのだが……。
ベリルはそんな予想がまったく立たないようで、制作者が見たら大喜びしそうなぐらい悲鳴を上げ、顔を手で覆い、目をつぶって恐怖に耐えている。
それだけではなく、我慢しきれず、俺の腕を掴んだり、俺の体に身を寄せたりした。
それはまるで……。
普段は喧嘩ばかりの女友達と一緒にホラー映画を観て、無敵タイムを手に入れた男子状態だ。
つまり。
「大丈夫だよ、ベリル」
そう言って手を握っても、身を寄せた体をさりげなく抱きしめても、頭を撫でても、一切のお咎めなし、というあの状態が今、現在進行形で続いていたのだ。
ただ、若干困るのは、ベリルは……ヴァンパイアは怪力。
ぐっと掴まれた腕は骨が折れそうだったし、急に身を寄せられた時は吹き飛ばされそうになったが、それ以外は……。
こんな風にベリルの体に触れることができると思わなかった。
柔らかくて、暖かくて、いい香りがして……。
ずっとこうしてベリルと一緒にいたい。
淡い気持ちが心に芽生えた時、映画の上映が終わってしまう。
エンドロールが流れると、ベリルは我に返った。
俺の腕から手を離し、体もゆっくり離す。
名残惜しい気持ちがあったが、電気をつけるため、俺はソファから立ち上がった。
部屋が明るくなると、ベリルはすっかりいつも通りに戻っている。
「まあ、大した作品ではないな。これでオチも展開も分かったし、もう怖く……コホン。明日のハプニングもうまくいくだろう」
あんなに怖がっていたくせに。
でも俺はそれを口に出さず、同意した。
「とりあえずこれぐらいの映画で怖がって、俺が仕掛けるハプニングに驚き、ベリルをおいて逃げ出すような奴だったら、婚約者候補脱落だな」
「そうだな。明日、シディアンとカイがどんな反応をするか楽しみだ」
「え、カイとも同じ映画を観るのか?」
「ああ。事前に二本もホラー映画を観る暇はないからな」
……カイの時に仕掛け人をやるのはバーミリオン。だったらバーミリオンと一緒に、映画を観ればよかったんじゃ……?
「うん、どうした拓海?」
ベリルがルビーのような綺麗な瞳で、俺を見た。
「いや、なんでも。明日、上映中に居眠りしないよう、今日は早く寝ないと」
するとベリルは「そうだな」と寂しそうに頷く。
「ベリル、元気ないな」
「それは……連日、婚約者候補と接しなければならないから。想像以上に疲れる」
「……でも、クレメンス、いい奴そうじゃないか。いろんなハプニングにもちゃんと対応できているし。ベリルのこと、大切にしてくれそうだ」
「……うん」
ベリルが視線を床に落とす。
「クレメンスで決まると思うけど、もしものことがあってもレオだったら……。カイはなんか危うさを感じるけど」
「拓海」
顔を上げたベリルのルビー色の瞳は、悲しみを帯びていた。
「私も拓海のいた世界のように、自由な恋愛をしてみたかった」
「ベリル……」
「だが私はレッド家の次期当主だ。我がままは言っていられない。明日は頼んだぞ」
「分かった」
ベリルはスッと立ち上がるとドアへ向かう。
その姿は凛として、さっきまでの寂しい雰囲気は消えていた。
「おやすみ、拓海」
微笑を浮かべ、ベリルは部屋を出た。
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