29: 笑っていいですよね?
あ……。
そうか。
そうだよな。
ついこの間まで、俺は……ヴァンパイアはキスで子供ができると信じていて、キスのテクニックを学ぼうと、サイレントヴィレッジの秘密の花園へ足を運んでいた。そしてナミの姿をしたスティラにキスについて説明をしてもらっていたが……。
オックス家で火事が起き、滞在中のベリルに何か起きていないかと、慌てて秘密の花園を飛び出すことになっていた。
ただ、秘密の花園でナミに会った時、それが実はスティラであることを知ったのは、サイレントヴィレッジを去る直前。この件については、お互いに誰にも話さず胸のうちで収める……ということになっている。
つまり俺がキス=子供ができると勘違いし、必死にスティラにキスについて尋ねたことをスティラは知らない。さらには俺の誤解がモールにより解消したことも、勿論知らない。そして婚儀に参列できないお詫びでスティラは今、俺が知りたいキスについて説明しようと、わざわざサイレントヴィレッジに来てくれたのだ。
これは……実に申し訳ない。
でもきちんと話さないと、スティラはここでキスについて説明をしてくれることになる。
「スティラ、わざわざ訪ねてくれてありがとうございます。その、俺から先に、少し話しをしてもいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
そう返事をしたスティラをソファに座らせ、俺はすべてを打ち明けることになる。スティラは最初こそ神妙な面持ちで聞いていたが、最後は……。
「これはもう傑作ですね! キスで赤ん坊ができるって、どんな奇跡ですか!? そんなの魔法でも無理です! え、笑っていいですよね?」
「……どうぞ」
ひとしきり笑ったスティラは「では私の教えは不要ですね?」と尋ねる。そこで大変申し訳ないが「はい」と返事をした。
「……では本当に初夜ですべきことについて、学ぶことはできたのですか?」
「それは……」
スティラにモールの件を知っているか尋ねると、ベリルから連絡は受けていたとのこと。
当初モールの正体が分からず、魔法発生装置の可能性があるとされ、スティラにも相談していた。だから結局なんだったのか、その件はベリルから簡易ながら報告されていたというのだ。
ならば話は早い。
血の盟約に反しない範囲でモールについて話し、彼から初夜に関する情報はすべて得たと答えた。
すると……。
「なるほど。そのモールはよほどの手練手管、百戦錬磨なのでしょうか。私も学びたいものですね」
スティラは恍惚とも言える表情になったが。
「!」
そこでハッとした表情になり、俺を見た。
「キャノス様がいらっしゃいますね。身分を明かし、この屋敷に入りましたが、いろいろ詮索されるのは面倒ですから、私はこれで失礼します。……これはお土産です」
スティラはそう言うと、ローテーブルに色とりどりのアベンチュリンを置いた。
「呪文はこの紙に書いてありますから」
羊皮紙を置いたスティラは、ソファから立ち上がる。
「それでは拓海様、お幸せに。また会いましょう」
そう言うとスティラは、あっという間に部屋を出て行く。
俺は「ありがとう、スティラ」と慌てて応じ、アベンチュリンを手にとると、とりあえずハンカチに包み、チェストにしまった。
そこで一息つくと、キャノスがやってきた。
キャノスは、スティラと廊下ですれ違ったのだろうか?
「拓海、どうしました? もう準備が整っているなら、ベッドに横になってください」
「う、うん。今、横になる。……そう言えば、カレンと廊下で会ったか?」
「? いえ、誰にも会いませんでしたが」
……! 今さらだが、スティラはカトラズで施設長をしているだけある。本気を出して魔法を使うと、キャノスの目さえ誤魔化せるのか。
そんなことを思いつつ、俺はベッドに潜り込んだ。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『いよいよだ、拓海』
ついに……!
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています!!






