27: ……暇だ。
今日は日中、ベリルはブライダルエステを受けていた。なんでもウェディングドレスを着るにあたり、産毛を剃ったり、全身のトリートメントをするらしい。
一方の俺も身だしなみを整えるということで、髪を切ってもらった。
俺自身としては、騎士の訓練にも参加したかったが、さすがに婚儀が近いからと、ストップがかかった。仕方ないので軽くストレッチだけ行う。
明日は生花以外の飾りつけが行われ、その立ち合いをすることになっていた。さらに余興で登場する歌手やマジシャンなどのリハーサルも行われるので、それも見学する予定だ。
つまり、婚儀前日はいろいろ予定もあるが、前々日の今日、新郎である俺は……暇だ。
暇な俺を護衛するシナンも……暇そうである。
一方、ベリルはエステもあるし、ヘアケアもあるから、暇ではない。だからベリルの三騎士であるヴァイオレット、キャノス、リマも当然、暇ではなかった。
ロードクロサイトやカーネリアンはいつも通り、執務に追われている。
騎士やアレンやカレンなど使用人も、婚儀の前で当然、様々なことに追われていた。スピネルやフローライトでさえ、婚儀の準備を手伝っている。
「俺は……こんなに暇でいいのかな」
「いいと思うぞ、拓海様。今日まで婚儀の準備で奔走されていたからな。俺は拓海様がノートパソコンの『J』のボタンを押したまま寝落ちしている姿を何度も見ている。5ページ分連打されていた『J』の文字は呪いのようだった」
確かにそんなことも度々あった。
「じゃあ、俺、昼寝でもするよ。俺の部屋にはキャノスの防御魔法もかかっているから、シナンは自由にしてもらっていい」
「分かったよ、拓海様。レッド家の敷地内は厳戒態勢だから、侵入者なんていないだろう」
シナンはそう言っているが、多分、向かいの部屋で待機してくれる。
あくびを一つした俺は、ベッドで大の字になる。
今晩から夜更かし禁止で、強制的にキャノスの魔法で22時前には眠らされることになっていた。勿論、ベリルが部屋に遊びにくることもない。
もう婚儀は目前。
睡眠不足や体調不良は許されない。
そのためにはぐっすり休むべし――ということだ。
――拓海。
!
聞き慣れた声に、俺は驚き、ベッドから起き上がる。
カフェオレのような肌に、艶のある黒髪。その黒髪からは角が伸びている。さらに長い黒髪は後ろに一本で束ねられていた。二重の瞳の色はターコイズグリーン、鼻は高く、血色のいい唇。そして長身で鍛えられた肉体の持ち主。
「モール、どうしたんだ!?」
「拓海。お前、いよいよ婚儀を挙げるのだろう?」
「! そ、そうだよ。……そうか、ごめん。招待状、送っていないよな」
俺の言葉にモールは爆笑する。
「拓海、招待状の住所はどうするつもりだ?」
「それは……」
「招待状などいらぬ。我と湖の乙女はどんなに離れていても、拓海のことを見ることができる。婚儀は湖にある城からのんびり眺めさせてもらう」
湖にある城? そんな城、あったのか!?
「湖の城。それは我と湖の乙女しか認識できぬ」
「そうなのか。……あれ、そうしたら今日は……もしかしてお祝いのメッセージを直接伝えるために来てくれたのか?」
「まあ、それもあるか。あのベリルという美しいヴァンパイアと幸せになるといい、拓海」
……! モール、なんていい奴なんだ! とても元魔王とは思えない!
「ありがとう、モール、嬉しいよ。……そうだ、引き出物、持って帰るか?」
またもモールが爆笑する。
「いらぬ、いらぬ。この世界に我は存在しているが、食べ物は不要だからな。気持ちだけ、もらっておく」
「……食べ物は不要なのか……。それは残念だな」
するとモールは愉快そうに笑った。
「魂だけの存在であるからな。空腹からの解放。それはそれで悪くはないぞ。もはや食の記憶も薄れつつあるから、食事をしないことへの不満もない」
「そうなのか……」
「ところで、拓海。我がここに来た理由を明かしてもいいか?」
それは勿論、知りたかったことなので力強く頷く。
「拓海は、ヴァンパイアはキスをすれば、子供ができると思っていた。どうやらその辺りの知識が疎いことが判明している。だが明後日には婚儀を挙げるのであろう? その無知なままでは無理だろうな」
「え!」
「拓海。我が直々に婚儀を挙げた夜、つまりは初夜で何をするか、伝授してやろう」
まさか、そのためにモール、ここにやってきたのか!?
「安心せよ、拓海。我の力があれば、その経験は魂がするだけで、その肉体は無垢なままだからな」
「って、モール、何をするつもりで」
その後のことは……。
それは夢だったのか。
確かに次に目を開けた時、俺の肉体に何ら変化はなかった。
だが……。
脳の中には……あのことに関するあらゆる知識が詰め込まれていた。
既にモールの姿はないが。
とりあえず俺の初夜に関する不安は、一掃されたということだけ、言っておこう。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『誰だ?』
誰かが来る……!
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています!!






