57:甘えさせて、ベリル
「!? もう寝るのか? まだ21時を過ぎたばかりだが?」
「他に何かすること、あったか?」
「いや、特には……」
「じゃあ」
おもむろにお姫様抱っこでベリルを抱き上げる。
「拓海!?」
「甘えさせて、ベリル」
「!!」
驚いて、さっき以上に頬染めるベリルは……。
ホントに、可愛い……。
照れたベリルが可愛いというのはもちろん。
俺の言葉で照れてくれるベリルが、堪らなく愛しい。
女子の扱い方なんて、全然分からなかったのだが。
なんてことはない。
ベリルが笑顔になってくれることをして、悲しい顔になることは、やらなければいいだけだ。そして今のベリルは……照れながらもとっても嬉しそう。だからこのお姫様抱っこは、正解。
ということでベリルをベッドにおろして。
ゆっくり抱きしめながら、ベッドに転がる。
改めてその体を抱きしめ、気づく。
今日のネグリジェは、背中が結構あいていると。
こ、これはもしかして、背中にキスをできるチャンスでは!?
そう思った瞬間。
ドキドキだった心臓の鼓動は、バクバクへと変化する。
「ベリル」「拓海」
!!
同時にお互いの名を、呼んでしまった。
元いた世界のままの俺だったら。
構わず自分から話をしてしまうが、この異世界にきて、騎士道精神を学んだ。だからここは、ベリルに譲る。
「どうした、ベリル?」
「拓海こそ、どうした?」
ベリルは優しい。俺のことを尊重してくれる。
「俺はたいしたことを言うつもりじゃないから。ベリルが先に言って」
「うん……私はただ、少しばかり使った魔力の補給をしたかっただけだ」
「ベリルの小さな花火、可愛らしくて綺麗だった」
そう言いながら寝間着のボタンをはずしていくと、ベリルが微笑んで上体を起こす。
「6月は一年で一番過ごしやすく、天気もいい。太陽もなかなか沈まず、ブル―アワーのような明るい夜空の時間が長く続く。だから6月の週末は、レッド家の敷地内で魔術を使い、花火を打ち上げる。それは色とりどりでとても美しい。父上は珍しい水色の花火を打ち上げられるし、母上はグリーンの花火。6月の週末の花火は、メクレンブルの風物詩になっている」
ゆっくりと寝間着の右側を脱がしながら、ベリルが花火について教えてくれた。
「そうなのか。俺が元いた世界では……というか俺がいた日本という国では、6月は雨の季節。花火なんて7月か8月だよ、打ち上げるのは」
サラサラとベリルのワイン色の髪が、肩や胸に落ちてくる。
「ブラッド国の6月は、湿度も低く、気温は高いが過ごしやすい。何より今年の6月の花火は、これまでになく盛大なものにしよう。拓海の誕生日があるからな」
ベリルの甘い声がすぐ耳元で聞こえ、瞬時に気持ちが昂る。
同時にキスのことを思い出す。
そう。
俺の誕生日の時に。
ベリルにキスをプレゼントしてもらう。
その盛大な花火を見ながら、ベリルとキスをしたい……!
ベリルとキスをする自分を想像し、堪らなくなり、ベリルの名を呼ぶと。
ゆっくり唇が首筋に触れ、静かに牙が刺さり、魔力が体内へと流れこんでくる。
痛みはすぐに快感に上書きされ、全身に刺激が巡って行く。
その快感は、まるで……。
脳裏に浮かぶ、ベリルとのキス。
唇を重ねるキスがもたらす快感。
そんな風に思えてしまう。
つまり、ベリルの吸血の快感と妄想のキスの快感が、完全に俺の中でリンクし、かつてない高揚感を味わうことになった。それはベリルとキスをしたい願望を、さらに高めることにつながり、この昂りを落ち着かせるのは……とても大変だ。この昂りのまま、ベリルの背中にキスなんてしたら……。
止まらなくなりそうだ。
だからベリルの背中へのキスは我慢し、吸血で意識を飛ばしてもらい、俺は眠りについた。






