52:ふははははは
「自分の意志ではない。体が勝手に動いた……」
ベアウルフの体が、小刻みに震えている。
「なるほど。魔法で操られていたのか」
モールは剣を肩に片次ぐようにすると、ベアウルフの額に、空いている方の手の平を向けた。
「שחרור בכוח(強制解除)」
ベアウルフの目から、ギラギラした凄みが消え、震えも収まった。
「シナン、そちらはどうだ?」
シナンの方を見てみると。倒れているライカンスロープの体から、無事、爆弾を外したようだ。
「シナン……。人間のくせに腕が立つな」
モールは独り言を呟きながら、のこぎりのような剣を壁にたてかけると、シナンの方へと歩いて行く。
なあ、モール、他にもう敵はいないのか?
「いない。気配を感じない」
そんな気配、感じられるのか!?
「何か悪さをしようとすれば、その反応は必ず表出する。心の臓の不規則な動き、普通ではない息遣い、増える瞬き――。そんなもの、挙げればきりがない。我が感知できる範囲で、そのようなものは感じられない。犯行は、そこで伸びているライカンスロープによる単独犯で間違いない。あのベアウルフは、魔法薬を飲まされただけだ」
……そんなことが分かるのか。そんなことまで分かるなら……モールは最強じゃないか。
「ふははははは」
な、なんだよ、モール。
「いや、すまぬな。我も自分が最強だと思っていた。拓海、お前に会うまではな」
!!
「まったく。信じられぬは。拓海ごとき人間に、我が制圧されるとは」
「お、魔王様。拓海様のスゴさがまだお分かりではないのか?」
爆弾の束を手に立ち上がったシナンが、こちらを見る。
「なんだ、シナン、拓海のスゴさとは?」
「拓海様はな、自分がただの人間で最弱であると分かっている。だがな、自分が正しいと信じたことは、例え最弱であると分かっても、やり遂げようとする。やり遂げようと拓海様が前向きになると、周りにいる者は巻き込まれる。でもそれはな、気持ち良く巻き込まれているんだ。みんな拓海様を好きだから。拓海様のためなら、やってやろうと思える」
突然語り出したシナンだったが、モールは黙って聞いている。
「キャノスなんて分かりやすく拓海様にゾッコンだ。あのリマだって口では拓海様に文句ばかりだが、本音は、な。ゼテクだって拓海様には一目置いている。双子の召使いやスピネルだってそう。ベリル様の元婚約者候補の多くも、拓海様のスゴさが分かるから、婚約者に収まった拓海様に文句なんて言わない」
そ、そうなのか!?
「あのロードクロサイト様でさえ、拓海様を認めている。そしてベリル様は言うまでもない。だが魔王様、あなたは最強だ。だから自分一人で何でもできちまう。巻き込むこともなかった。ついてきたいなら、ついてくるがいい、とな。そして頼らなかったのだろう、仲間を」
モールは無言だ。
シナンの言葉に怒ったのかと思ったが。
「拓海、訂正する。一人、おかしな奴がいる。敵は結婚式の会場だ。今すぐ行くぞ」
モールが手をパン、パンと叩き、止まっていたベアウルフと警備兵たちも動き出した。
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次回更新タイトルは
『悲劇』
です。
ベアウルフに何が起きていたのか。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています!!






