38:本当の狙い
「ベリル!」
駆け寄ろうとした俺の体は突然、宙に浮いた。
「?」
魔人が俺の体を左腕だけで担ぎ上げていた。
「よし。首尾は上々。帰るぞ」
魔法使いは満足そうにそう言うと、口笛を吹いた。
すると空飛ぶ魔法の絨毯が現れた。
魔法使いと俺を担ぎ上げた魔人は、あっという間に空飛ぶ魔法の絨毯に乗り込んだ。
え……、もしかして俺が狙われていた? さらわれるのは俺?
「久々に魔術が効かない体質が手に入った」
魔法使いが笑うと、魔法の絨毯は急上昇した。
「ベリル!」
俺は遠ざかるベリルに向かって叫んだ。
ベリルは必死に顔を上げようとしていた。
でもまるで見えない巨大な手で押さえつけられているかのようで、ベリルは全く身動きがとれずにいた。
せっかく強い騎士になるために訓練したのに、何もできずにこのままさらわれるのか?
いや。諦めるな。
俺はズボンのポケットに入れていたバンテージを取り出し、両手に巻き付けた。
目の前に見える魔人のような屈強な男の背中を見た。
背中のこの位置に肝臓がある。
ここに数発食らわせることができれば。
両手を握りしめ、深呼吸した。
動けばすぐに気づかれ、放り出される可能性があった。
チャンスは一瞬。
よし、やるぞ。
俺は今できる渾身の力を込め、肝臓に打撃を与えた。
「‼」
魔人が俺の体を掴み、自分の目の前に降ろそうとした。
これはついていた。
すかさずテンプル(こめかみ)、ジョー(顎)、チン(顎の先端)に連続で打撃を行った。
魔人がじろっと俺を睨んだ。
効果なしかと思ったが、先に打撃を与えていた肝臓が効いてくれた。
突然呼吸ができなくなった魔人は俺から手を離し、その場に座り込んだ。
「どうしたんじゃ⁉」
魔法使いが驚いて尋ねたが、時、既に遅しのはずだ。
俺は地面に足がつくと同時に、魔人の男のシンボルを蹴り上げた。
「おぬし、なんてことを!」
魔法使いが目をむき、俺に杖を向けようとして、すぐに止めた。
俺が魔術が効かない体質であることを思い出したようだった。
……厳密には魔術が効きにくい体質なんだけど。
だが、魔法使いはすぐに勝ち誇った顔をした。
「逃げ出せると思うか? ここは空の上なんじゃぞ」
……。そうでした。
このままだと目覚めた魔人にフルボッコにされる。
なにせあそこを蹴り上げたんだから……。
俺はチラッと下を見た。
……!
「ふおっ、ふぉっ、ふおっ。この高さに恐れおののいたか。さあ、分かったであろう。素直に降参し、そこへ座れ」
「いや、爺さん、そういう訳にはいかないよ」
「何? それに爺さんだと! わしの名は爺さんではない、ゼテクじゃ!」
興奮気味に魔法使いは名を名乗ったが、ハッとした顔になり……。
「いや、わしには沢山の名がある。ある者はゼネと呼び、またある者は神の力を持つ者といい、他にも……」
「すみません。俺、行きます」
「⁉」
俺は思いっきり、空飛ぶ絨毯からジャンプした。






