34:ベリルのことしか考えられない
翌日、朝からいつも通り騎士の訓練に参加すると……。
皆、俺が騎士に任命されることを祝う言葉をかけてくれた。
今日俺の騎士叙任式が行われることを、みんな既に知っていたのだ。
俺は……実は訓練に行くのに緊張をしていた。
なぜなら、通常は長い下積みを経て騎士に任命されるのに、俺はいきなり騎士に任命されるのだ。妬まれたり、嫌みの一つでも言われたりするのではないかと思っていた。
ところが。
そんなことは杞憂に過ぎなかった。
騎士道精神がそういう妬みを許さなかったこともあるが、キャノスによると……。
「決闘の日の拓海の行動を、ここで訓練をしている騎士は全員見ていましたから。今回の任命に異論を挟む者はいないですよ」
俺はその言葉に後押しされ、緊張感もなくなり、午前中の訓練に励むことができた。訓練に集中している間はまだ大丈夫だったのだが、カレンに呼ばれ、騎士叙任式に備え準備を始めると……。
今度は別の緊張感が生まれた。
騎士叙任式にはロードクロサイト夫妻も参加するし、ベリルの三騎士はもちろん、希望する騎士は見にいくことが許されている。昼食の直前に行われる理由、それは式へ参列しやすくするという配慮もあったのだ。
「なあ、カレン。俺の騎士叙任式、そんなに人、来ないよな?」
「いえ、沢山くると思いますよ。これまでの騎士叙任式でも多くの参列者がいるのが当たり前でしたので」
甲冑を身に着けるのを手伝ってくれているカレンが、さらっと答えた。
そんな大勢の前で……。
俺は学校の行事でも、人前で何かやるのが苦手だった。
「ギャラリーのことは気にしないでいいと思いますよ。あの場で拓海様が意識すべきは、ベリルお嬢様お一人なのですから」
……!
「カレン……すごいな。今の一言で俺の気持ち、かなり軽くなった」
「そうですか。それは良かったです」
カレンはニッコリ笑った。
◇
騎士叙任式が行われる部屋に向かうと、カレンの言う通り、大勢の騎士が集まっていた。
だが俺はカレンの言葉を胸に、忠誠を誓うことになるベリルのことだけを見て、ベリルのことだけを考え、式に挑むことにしていた。
そしてそのベリルはと言うと……。
俺は思わず、呼吸することを忘れた。
ベリルは、立襟・長袖の正装である、ローブモンタントというドレスを着ていたのだが、それは純白だった。そして右掛けの大綬を纏い、ワイン色の髪は綺麗にアップにされている。
白のドレス姿のベリルを目にするのは、初めてだった。騎士叙任式では白のドレスと決まっているのかもしれなかった。そうだとしても。
俺にはこの日のためにベリルがこの純白を選んでくれたように思え、心から感動していた。
意識してそうしなくとも、視線は自然とベリルに向かったし、ベリルのことしか考えられなくなっていた。
「では拓海・吉沢の騎士叙任式を始める」
ロードクロサイトが高らかに宣言した。
叙任式はベリルが教えてくれた手順で粛々と進んだ。
俺はベリルの前で片膝を地面についてひざまずき、その言葉を待っていた。
「拓海・吉沢、汝に問う。ベリル・R・レッドの騎士になることを望み、誓いを立てることを望むか?」
「はい。望みます」
俺が返事をすると、ベリルは嬉しそうに目を細めた。
「契約は成された。拓海・吉沢は今日よりベリル・R・レッドの剣となり、盾なとなり、その身を捧げる。今ここで、誓いの言葉を与えよう。騎士としての礼節を重んじ、常に誠実であれ」
ルビーのように輝くベリルの瞳を見た。
「騎士としての礼節を重んじ、常に誠実であることを誓います」
差し出された剣に、俺は静かに口づけを行った。
心臓の鼓動が早まり、全身が熱くなった。
見上げるとベリルは微笑み、俺の肩に順に剣の刃をおいた。
その瞬間、割れんばかりの拍手が起きた。
「これにて拓海・吉沢の騎士叙任式を終了する」
ロードクロサイトの声が響いた。
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