32:べ、ベリル、どうしたんだ?
部屋に戻り、寝る準備が整った俺は、ベリルが来るのを心待ちにしていた。
この異世界において、俺は正式に役目を与えられることになる。
それが嬉しかったし、感謝の気持ちをベリルに伝えたかった。
だから。
ノックの音を聞いた瞬間、俺は一目散でドアに向かった。
「拓海、私だ」
その声を聞き、勢いよくドアを開け、そしてとても驚いた。
ベリルは美しいオーキッドピンクのソプラヴェステと呼ばれる長袖ドレスに着替えていた。そして手には剣を持っていた。
「べ、ベリル、どうしたんだ?」
落ち着いた様子で部屋に入ったベリルは、俺の疑問に答えた。
「明日の騎士叙任式では剣が必要となる。だから拓海にこの剣を渡そうと思った」
部屋の中央まで移動したベリルはそこで立ち止まり、俺の方を向いた。
「これはレッド家に伝わる魔力が込められた剣だ。名は『ツヴィーク』。一度鞘から抜けば、三十体の敵を打ち倒し、剣を鞘に戻せば、戦闘中に負った傷が癒されると言われている。そして魔術が効きにくい体質の拓海にはあまり関係ないかもしれないが、この剣はかけられた魔術を解除する力もある」
そう説明すると、ベリルは剣を俺に差し出した。
柄には輝きを放つ赤い宝石が埋め込まれていた。そして柄も鞘も黄金で出来ている。
新参者でまだまだ未熟な俺が持っていていい剣とは思えなかった。
「ベリル、こんなすごい剣は俺には恐れ多いよ」
俺が素直に感じたことを口にすると……。
「そんなことはない、拓海。この剣に相応しい活躍をすればいいだけだ」
次期レッド家当主に相応しい言葉だと思った。
過去の功績を見るのではなく、これからの活躍に期待を込めてこの剣を渡すのだ、とベリルは言ってくれたのだ。
そんな言葉を自然と発することができるベリルに尊敬の気持ちが沸いたし、この剣の名に恥じない自分になりたいと思った。ベリルの騎士として全身全霊で彼女に仕えたいと感じた。
「ベリル、ありがとう。俺は……剣も嬉しいが、それ以上に今のベリルの言葉が嬉しかった」
俺の言葉にベリルは大輪の華のような笑顔を浮かべ「さあ」と剣を差し出した。
剣を手に取った。
ずしりと感じる剣の重みが、俺がこれから担う役目の重みに思えた。
それにひるむつもりはない。
この重みに負けない活躍を、ベリルのために必ずするんだ。
俺は受け取った剣を持ち、いつものテーブルへ移動した。






