3:最後に名前を呼んでください
「そうか……。それは可哀そうなことをするな。まさかお前はまだ童貞だったのか。童貞の人間が供物として召喚されるとは……」
ベリルのような美少女の口から二度も「童貞」という言葉が出たことに、思わずドキドキしていた。
俺はこれから死ぬというのに、その実感がなかった。
だからこそ「童貞」という言葉を発する美少女に反応することができていた。
「……一つ、お前にとっての救いになるとしたら、我々ヴァンパイアは血を吸う時に、魔力を注入する。注入された魔力は脳に作用し、全身にとても強い快感をもたらす。つまり、お前は私に血を吸われ死ぬが、死の恐怖はなく、感じるのはめくるめくような快楽だ。だから苦しまずに死ねるし、童貞であっても、まるでそれを喪失したかのような気持ちの良さと共に死ねると思う」
「ベリル様、そのようなヴァンパイアの秘密を明かす必要などありません!」
ヴァイオレットが抗議すると、ベリルはそれを制した。
「こいつはこれから死ぬのだ。これぐらい話しても問題ない」
「ですが……」
ベリルが俺を見た。
「すまないな、供物となる人間」
綺麗なルビー色の瞳には悲しみが宿っていた。
その顔と瞳を見た瞬間、何かあきらめにも似た気持ちが急に沸きあがった。
童貞であること以外の未練は……特にはない。
両親に対しては先立つことを許してほしい、ぐらいの気持ちしか浮かばなかった。
元々、長生きしてやろうとか思っていないしな。
「……俺は、吉沢拓海と言います。最後に名前を呼んでください」
「貴様!」
「いいんだ、ヴァイオレット。分かった……。拓海、お前の死は無駄にしない」
ベリルが俺の肩を力強く掴んだ。
本当に血を吸われるんだ……!
俺はきゅっと目をつむった。
首筋に暖かい息を感じる。
次の瞬間、激痛が走ったと同時に、とんでもない快感に襲われた。
これはまるで……。
俺は呆けたように、その気持ち良さに身を委ねようとした。
だが。
「これは……」
俺の首筋に感じたベリルの気配が消えた。
力が入らなくなり、俺は大木に寄りかかり、そのまま背中を大木につけ、ずるずると根元に座り込んだ。
「ベリル様、どうされましたか?」
「不思議なことにわずか一口の血で回復した」
「え⁉」
「この拓海の血はこれまでの供物とは全く違う」
「そうなのですか⁉」
「言葉を発する供物というだけでも珍しかったが、まさかこんなにクオリティの高い血を持っているとは……」
「ベリル様、追っ手が参ります」
「分かった。ヴァイオレット、拓海を連れ、先に馬車へ向かってくれ」
「え、ベリル様は⁉」
「私は既に回復した。追っ手の雑魚など一人で十分相手できる」
「でも、ベリル様……」
「ヴァイオレット、これは命令だ。拓海を連れて、先に馬車へ戻ってくれ」
「……分かりました」
ベリルとヴァイオレットのやりとりが聞こえてきたが、俺は気持ちの良さでいっぱいで、完全に他人事だった。
……?
突然担ぎ上げられた。
まあ、どうでもいいや。
俺は目を閉じた
本日更新分を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『起きないと鼻からスープを流し込みますよ』
『初夜の時にだけ許されること』
『禁じられた行為』です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています‼