32:キャノスは恋人とか婚約者はいないの?
「しかし、『白い花祭り』はすごい人気だな」
購入した物を置くため、俺とキャノスは部屋に向かって並んで歩いていた。
「そうですね。この国ではイベントが頻繁にあるようですが、この『白い花祭り』が一番人気。国外からの観光客も多いそうですよ。やはり『愛の花祭り』という点が、人気のポイントなのかなと」
愛の花祭りと聞いた瞬間、大切なことを思い出す。
「……! デンドロビウムの花、買い忘れた!」
ベリルに贈ろうと決めていたのに‼
「まあ、焦らずとも。祭りは明後日まであるのですし」
「そうだけど……。ベリルが期待していたら可哀そうだな……」
「今晩はベリル様の部屋で休むつもりですか?」
「今日はベリル、午前中から外に出て動いていただろう? 魔力はそれなり使っていると思うし、呼ばれると思う」
部屋に着き、俺がドアを開け、順番に中に入る。
真っ白なタキシードの上下と仮面、そして白いブーツが入った紙袋二つを、ベッドにおく。
白いロングブーツが予想以上に重かった。
「拓海、ベリル様にこれをプレゼントしてください」
小ぶりのデンドロビウムの花束を、キャノスは紙袋から取り出した。
スカイブルーのジュストコールを来たキャノスに、真っ白なデンドロビウムの花束は、よく似合っている。
「……キャノス、いつの間に⁉」
「部屋に飾ろうと思いまして」
「……部屋に花を飾る……! 俺、そんな発想がなかった」
有難く花束を受け取ろうとすると……。
キャノスはベッドに花束を置いた。
「⁉」
「私が拓海に贈ることになってしまう」
「ああ、なるほど」
さすがキャノス、と思いながら、ベッドの花束を手に取る。
「……キャノスは恋人とか婚約者はいないのか?」
花束を手に、ベッドに腰かけ尋ねる。
キャノスとはかなり打ち解けていた。
でもこういう話をしたことはまだない。
「いますよ」
キャノスは紙袋から白いスーツを取り出し、即答する。
「! 恋人? 婚約者?」
「婚約者です。今、大学院にいて、卒業したら結婚する予定です」
「‼ どんな女子なんだ?」
「隣の家の、いわゆる幼なじみですね。……まさか彼女と婚約することになるとは、思ってもみませんでしたが」
「隣の家の幼なじみと結婚……ってリアルであるのか。創作の世界ではありがちだけど、現実では……。お互いに照れくさくて、気になっていても、結局全然違う相手と結ばれることが多いみたいだけど」
「まあ、照れくさいというのは、確かにありましたね。私もいつもの口喧嘩の延長かと思ったら、思いがけず彼女の本音を聞くことになり……。でも何より、私は魔法使いとヴァンパイアのハーフですから。そんな私の婚約者になってくれた彼女には、感謝ですよ」
キャノスは荷物を片付け終え、ベッドに腰を下ろした。
逆に俺は荷物を片付けるために、ベッドから立ち上がる。
「キャノスって普通に高スペックだと思うけど。それでもダメなのか?」
キャノスは朗らかに笑う。
「私としては、外見で好かれても困るというか……。もちろん、見た目で声をかけてくる女性は多かったですよ。でも私がハーフであると分かると、態度がガラリと変わります。ですから中等部に入る頃には、女子とは距離を置くようになりました。まあ、見習い騎士としてレッド家に入り、忙しくて恋愛どころではなかった、というのもありますが」
「なるほど……」
「でも皮肉なことに、レッド家で見習い騎士になったと分かると、私がハーフでも構わないという女性も現れるようになって……。それはそれで面倒でしたが」
「……それだけレッド家が、ブラッド国で強い存在感があるということか」
「そうですね。あ、そろそろ、晩御飯の集合時間ですよ」
「!」
急いでブーツを出すと、ベッドの脇に立てかける。
いつかキャノスと幼なじみの恋物語を、聞いてみたいと思いながら。
と、同時に、重要なことを思い出す。
アンは……キャノスにデンドロビウムの花を贈る……つまり告白するつもりだよな……。でもキャノスにはまさかの婚約者がいた。
告白前に、失恋が確定したことになる。
キャノスに婚約者がいること、アンに伝えた方がいいのだろうか……。
だが。
もしその事実を知ったら「仮面舞踏会に来てくださらなくて結構ですわ」なんて言われる可能性もゼロではない。
もう準備はしてしまった。
それに人はやろうと思ったことをやらない方が、後悔が残るという。
魔法使いにこれが当てはまるかは分からない。でも告白すると決めているなら、ここは告白してみた方がいいと思った。
ということでアンには申し訳ないと思いつつ、キャノスに婚約者がいる件は、俺の心の中にそっとしまっておくことにした。
本日更新分を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
次回更新タイトルは
『俺が新婦で、ベリルは新郎』
『デレツン』です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
明日のご来訪もお待ちしています‼






