1:プロローグ
それは本当にたまたまだった。
俺は文化祭が面倒で、自分の当番が終わると、鍵が開いていた運動部の部室にこっそり侵入した。で、室内にあったベンチで昼寝をしようと思っていた。
そこにまさかアイドルみたいに可愛いと人気のクラスメイトの女子が、三年生の男子に連れ込まれ、あわや襲われるという場面に遭遇するなどまったく想像していなかった。
ベンチの下に隠れ、見て見ぬふりをすることもできた。
でも心のどこかで、彼女のピンチを救えば、何かいいことが起きるかもしれない――そう思っていた。
何かといいこととはつまり……。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「いや、君のような可愛い子がピンチなら、助けて当然だよ」
「吉沢くんって、イイ人なんですね。……良かったら私と付き合ってくれませんか?」
そんな展開を期待した。
俺の容姿に特筆すべき点は特になかった。
それでも説明するなら、髪は少しクセがあるダークブラウン、目は奥二重、鼻の高さは普通。外国人のように彫が深い顔立ちとか、女子が喜ぶサラサラの前髪があるわけではない。
だからクラスで人気の女子と付き合うなんて、一発逆転、つまり今のような場面でカッコいいところを見せて惚れさせるぐらいしか方法がなかった。
それに俺は小学生の頃から喧嘩が強く、喧嘩ばかりするならと、中学時代は父親のすすめでボクシングジムに通っていた。だから多少なりとも腕に覚えはあるわけで。
だから女子の悲鳴と共に颯爽と登場してやった。
「おい、何をしているんだ?」
ところが。
その三年生の男子二人組は、なんと折り畳み式ナイフを持っていた。
まさか刃物を所持していると思わず、俺は焦った。
だが俺の登場で、アイドルみたいに可愛い女子は逃げ出すことに成功した。
でも俺は……。
二人に囲まれ、ナイフを突きつけられ……。
マジ、コロサレルカモシレナイ。
そう思った俺は自分の背中にある縦長のロッカーの一つを開けた。
こうなったらロッカーの中で籠城をしてやると思ったのだ。
ところが。
ロッカーに足をいれても、足の裏があるべき底につかない。
えっ、と思った時は遅かった。
ロッカーを開けるとそこは……井戸につながっていた⁉
ともかく俺は真っ暗な井戸のような縦穴に落下した。
上を見上げるとはるか上空にピンポン玉サイズぐらいの白いものが見えた。
多分、あれは俺が落ちてきた場所だ。
下を見るが、真っ暗で何も見えない。
一体どこまで落下するのか?
そんなに深い井戸が部室の下に掘られていたのか⁉
上を見ると、さっきまで見えていた白い丸も見えなくなっていた。
えーと確か、日本の裏側はブラジルにつながっているんだよな。
俺、もしかして、ブラジルまで行っちゃうとか⁉
頭の中でニュースの見出しが浮かぶ。
「高校二年生の吉沢拓海くん(17歳)、ロッカーの下に掘られた井戸でブラジルに到達‼」
目を閉じ、そんな想像をしていると、突然俺は誰かの腕に抱きかかえられた。
「⁉」
目を開けて驚いた。
俺の身長は176センチで、体重は64キロある。
それなのに、俺を抱きかかえていたのは、とんでもない美少女だったのだ!
綺麗な二重の瞳はルビーのように煌めいていた。
通った鼻筋に、チェリーレッドの唇。
髪はワイン色。
肌は雪のように白かった。
細い首には真珠に赤い宝石がついたペンダントをつけ、胸元のあいたロゼ色のドレスを……
⁉
胸の辺りが真っ赤な血で染まっていた。
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