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05. 気持ちは手放すのではなく


 肩で息をつきながら、やっとの思いで清明の泉に辿り着けば、そこには一匹のユニコーンが水辺で静かに横たわっていた。

 驚きと喜びに胸が震え、リリーシアは我も忘れて木立から一歩踏み出した。


 びくりと反応するユニコーンは、リリーシアに対し警戒よりは驚きが勝ったような様子だった。

 それを見てリリーシアはしょんぼりと肩を落とす。

(やっぱり……好意的なものではないみたい。分かっていたけれど、悲しいわ……)

 やはり自分は聖女の資質は無いようだ。


「……ごめんなさい、意地悪をしにきた訳ではないの」


 そう眉を下げそう告げれば、ユニコーンはすっと目を細めた。それが何だか自分の価値を見極めようとしているようで、リリーシアは少しだけ居た堪れない気持ちになる。

 けれどユニコーンはゆっくりと身を起こし、泉の中をぱしゃぱしゃと音を立てて歩み寄ってきた。

 はっと目を見開いて、間近で見下ろす眼差しを暫く見つめててから。やがて躊躇いがちに立派な鬣へと手を伸ばす。

 

「──綺麗ね」

 触れる事を許されて、自然と笑みが零れた。

 生き生きとした身体をゆっくりと撫でれば、ユニコーンは気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 それが嬉しくて、二度三度と手を滑らせていると、急に目の前がカッと明るくなった。


 それからドヤドヤと人の気配が周囲に広がっていく。

 その空気にユニコーンが前足を振り上げて、リリーシアは驚きに泉に尻餅をついてしまった。


「きゃ!」


「リリーシア! これはどういう事だ!」


 落ち着かない様子のユニコーンに気を取られていると、聞き慣れた声がリリーシアに向けられた。



「ア、アレクシオ殿下……?」

「お前の様子がおかしいと、エアラに言われてずっと見張っていたのだ。何をしている。お前、それは一体何だ!?」

「何って……」


 リリーシアは座り込んだまま目の前のユニコーンを見上げ、再びアレクシオに視線を向けた。

「ユニコーンですわ」

「は! 何を馬鹿な! そんな真っ黒な(・・・・)馬がユニコーンだと? それは悪魔の手先に違いない! ……お前は、公爵令嬢という立場でありながらついにそんな邪教にまで手を出すようになったのか! 魔女め!」

「……ええ?」


 リリーシアは何の事だか分からない。

 目の前の馬は確かに黒馬だ。けれど確かに額に角があるし、ユニコーンが白馬だなんて記されている文献なんてどこにもないのに。


 ──馬のような身体に額に角のある生き物。

 それ以上の事は書かれていない。


 確かに絵本などの挿絵にはよく白馬が書かれているけれど。


『人間は見た目ばかり気にするな』


 ゼレイトン医師の言葉が頭を掠める。

 色とか、形とか……それが綺麗で好みだから、だから──?

(本当に、見た目しか見てないの……?)


「殿下、誤解です。私はユニコーンに会いにここに来ただけです。そもそも邪気のあるものが、この清明の泉に入れる筈が無いのではありませんか。色など関係ありません」


 けれどリリーシアの訴えをアレクシオは鼻で笑う。

「見苦しいぞリリーシア! お前が呪術や黒魔法の本を読み漁っている事は公爵家から報告されている! 婚約者の、公爵令嬢の座をエアラに奪われ、妬み思い立ったのだろう!」

「……なんですって?」


 公爵家なんてもう何日も帰ってないというのに。

 王城では公務しかしていない事は城内で同じく仕事をしている者は知っている。他の事をする余裕など無い事は、仕事量を見れば瞭然だ。それなのに……


 おかしいとは思わないのだろうか。何も調べず、聖女というだけで一人の言い分だけ鵜呑みにして。

 いや、もしかしたら実家もそういう話でリリーシアを切り捨てる算段でいるのかもしれない。


 貴族らしく情もなく、最後は邪魔者の役目を全うせよと。

 そうしてこうやって締め括られようとしている自分の人生は、一体何だったのだろう。


 確かに嫉妬をした。下らない嫌がらせも。けれどそれは寂しかったから、悲しかったからで、誰かを追い落としたり陥れたかったからではない。


 どうして厭われなければならないのか。

 婚約者だったのは自分で、王妃となるべくも自分だった。その為の努力も誰よりもした。他ならぬアレクシオと共に歩む為だったのにだ。それを……


 ──悪いとも思わずこんな仕打ちを行うのか。


 婚約破棄だって謝れられた覚えもない。そもそもアレクシオの心変わりだって原因の一つだ。

 むかむかと込み上げてくる怒りに、リリーシアはアレクシオをキッと睨みつけて。


「思いませんわ、そんな事! ええ思う筈が無いのです! だってエアラさんと殿下は、とってもとってもお似合いなんですもの!」


 偽りない本心をアレクシオに向け叩きつけた。

 育んできた恋心と共に。


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