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16. 子育て


『──……、殿下の意見を通すにはやはり後ろ盾が必要でしょう』


 そう侯爵に言葉を掛けられ、アシュトンは頷いた。

 けれど無理だったのだ。

 アシュトンの心にはもうアレアミラがいたから。


 アシュトンはレイジェラ家以外の三公爵家を対等にするべく揺さぶりを掛け、策を練り、均等な力を持つべく働きかけた。


 その内の一つが公爵家からの養子縁組で、その際に迎えたのがシリルだった。

 シリルは公爵家の嫡男と伯爵令嬢の間に出来た不義の子で、既に縁談が決まっていた両家の長が、醜聞になるからと捨てるところを貰い受け育てたのだ。


 セレンは伯爵令嬢の侍女だった。

 産まれてきたシリルに母性を覚え、不当に扱われる子供を守ろうと盾になり、シリルと共に追い出されてしまった人。

 

 貴族の動向に目を光らせていたアシュトンは、二人を受け入れ、公爵家と伯爵家に恩を売った。勿論書類は綺麗なものを残し、シリルは公爵が作った正当な婿養子だ。


 けれど未婚の父に、自分を取り巻く環境に。

 賢いシリルはたった四歳で自分が何者なのか薄々勘づいてしまった。


 アシュトンは公爵としてでは無く、父親としてどう接するべきか分からず、頭を抱え散々悩んだ時期だ。

 

『父上、私はあなたをそうお呼びしても宜しいのでしょうか?』

 

 そう言われて驚いて、初めてシリルをきつく抱きしめた。


『勿論だ、そう呼んでくれ。お前が気付いているように、私たちには血の繋がりは無いけれど、私はお前を息子だと思っている。……愛している』

『……はい』

『話してやれずに済まなかった』

『……は、い』

 震える肩を摩ってやれば、シリルは安堵したようにアシュトンの肩に頭をもたげさせた。



『父上は、好きな方がいらっしゃるのですか?』


 そんな話をされたのは、シリルが六歳。婚約の打診を受け始めた頃だった。

 政略結婚を理解しているシリルは、何故アシュトンが未婚なのかと疑問に思ったのだろう。

 貴族の間にも持ち上がっていた話題ではあるが、兄の名前を出せば大抵は納得されてきた。


 それに自分に子が出来ればまた揉め事が起きる可能性がある。臣籍降下したとは言え、王家に男子が二人以上いない限り、王位継承権が発生する決まりがあるからだ。


 しかも兄は取り入り易いが、王としての資質に期待されてはいない。そんな兄の子に自分の子など並ばせれば、また面倒な企てを行う者も出てくるだろう。

 

 兄の子の教育にはアシュトンも目を光らせ、恙無い事を確認している。むしろ不必要な火種はいらないと、生涯独身を宣言していた。


 しかし屋敷の中で、心を許している幼い息子の前で。すっかり油断していたアシュトンは、すぐさま頭に思い浮かんだ顔に、あからさまに動揺してしまった。


「なななな、何を言い出すんだ! 急に!」

「へっ?」

「……っ!」


 しまったと。ぽかんと驚いた顔の息子から顔を背け咳払いをする。


「え……本当にいたんですか、そんな人……父上は女性に興味がないのだと思っていました」


 何だか聞き捨てならない感想を耳にしたような気がする。


「いやでも、そんな筈無いですよね。だって時々父上は上の空で女性の名前を呼んでいますから」

「!」

「別に言いふらしたりしていませんので、安心して下さいね!」

 そう両手で拳を作る様は、六歳児に相応しい愛らしさである。


「でもその話、もう少し詳しく聞きたいなあ。私は父上と同じ立場で、陛下の女性遍歴に辟易としてますから。父上の恋愛感は参考になると思うんですよ、ね?」

「……お前」


 妙に迫力のある六歳児の笑顔に頬がひきつる。

 やはり自分の教育は間違えていたのだろうか……

 アシュトンは片手で額を覆い盛大に溜息を吐いた。

 セレンがくすくすと笑い声を立てている。


 母代わりの彼女がエトス家の執事と結婚し、幸せに微笑むから余計。シリルは一人でいるアシュトンを不憫に思っての事かもしれないけれど……


(勘弁してくれ)


 思い出すのは、優しい笑顔と、短くとも柔らかそうな髪を持つ少女、ただ一人だけだった。


 ……あれから八年が経っていた。


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