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04. 喪失の先

 

 すっかり夜も更けた時刻、いつもより少し遅い時間に家に帰れば怒り心頭の父に出迎えられた。

 振り上げる父の手を呆然と見ていると、気付けばリリーシアの身体は床に頽れていた。頬に受けた衝撃に恐る恐る手を触れて、頭上から浴びせられる言葉に耳を傾ける。


「あれだけの金と時間を注ぎ込んでおきながら! 今日陛下から正式にお前とアレクシオ殿下の婚約破棄の通達を受けた。お前のせいでこちらの算段が全てパアだ! 平民の女くらい何故大目に見てやれないんだ!? お前には王妃の冠という栄誉が待っていたというのに!」


 それでも父は抜かりなく事を進めていたようだ。

「我が家は聖女の後見を買って出た」

「……っ」


 その言葉の意味する事は──


「いずれこの家に招き入れる予定でいる。お前にはもう何も期待しない」


「……分かり、ました」


 父は本来血統主義の人間だ。

 それでも貴族の血を持つ実の娘よりも、平民の聖女の方が家の利となるのだと──

 父は血の繋がりを捨て、聖女を娘として選ぶ事に決めた。


(また、……)


 失くしてしまった。

 今度は家族。貴族らしく、希薄な関係だったけれど。それでもこれだけは無くなりようがないと、どこか高を括っていたところもあった。

 この世に絶対も、当たり前というものもないらしい。



 ◇



「食べないと死ぬぞ」


 相変わらず遠慮も飾り気もない言い方で、医師はリリーシアを診察する。

「死にたいのか」

「……いえ」

 そういう訳ではない。

 ただ期待しないと、何もしなくてもいいと言われてから、何も出来なくなってしまったのだ。


 公爵家にはエアラが娘として出入りするようになった。拒めなかったのは自分の力不足で、誰に物申せる立場でもない。

 敷地内でエアラが使用人と、アレクシオと、父と母と笑い合う度に誰もがホッと胸を撫で下ろすのが分かった。

 公爵家の権威が守られる事を皆喜んでいる。……だから当然なのだ。リリーシアの不出来を補う、新たな娘を歓迎するのは。

 

 それからリリーシアは屋敷に帰るのをやめた。

 婚約破棄をされたリリーシアだが、未だ執務の引き継ぎが終わらず王城に通っている。……仕事が忙しいからと理由を作り王城で過ごし、執務室のソファで仮眠を取って過ごしていた。

 食事は、倒れられては困ると思う者が持ち込むものを口にしていた。


 そんな日々の中でも、その座を早くエアラに譲るべきだという視線は強く感じられ、リリーシアは日に日にやつれていったのだ。


 疲弊した身体を引きずってリリーシアが訪れたのはここだった。


「私も聖女だったら良かったのに……」

 そうしたらユニコーンに認められる。

 それだけで全てが手に入るのだ。


「はっ……下らん」

 相変わらず馬鹿にしたような笑みを浮かべ、医師はリリーシアの呟きを一笑に伏す。

 彼にとってのただの馬に固執するリリーシアの心情など、到底理解出来ないのだろう。


 でもリリーシアはそんな存在に人生の全てを覆されたのだ。その存在が気になるのも仕方がない。

「……それでも、私は……」


(会ってみたいわ……)

 やがて喪失感に苛まれ、リリーシアが辿り着いたのは、ユニコーンに会いたいという感情だった。



 ◇



 誰からも気にされなくなったリリーシアは、どこでも自由に歩ける。それだけが唯一の今の状況の利点かもしれない。

 

 王家の有する敷地の端、一般開放された聖域に。医務室の窓から見られるあの場所にある、遥か昔に現れた聖女とユニコーンを祀った小さな御堂と、それを囲む林と泉。昼にはささやかな木漏れ日を落とし、穏やかな時間の流れを感じる事ができる。


 けれど今は夜で、誰も訪れる時間ではない山の中腹で。根が張り出した道に足を取られ、リリーシアは木にぶつかったり山道に転がりながら進んでいく。


 きちんと舗装された道なら暗がりとは言えここまで見通しは悪く無かっただろう。けれど今は何だか自分のしたいようにしてみたかった。

 外れたのは、(かせ)か、(たが)か。

 いずれにしても、何も気にせず思うままに進めるこの時間を、リリーシアは思いの外楽しんでいた。


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