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03. オフィールオ・ゼレイトン医師


「何故もっと早く来ない」

 すっかり赤く腫れたリリーシアの腕を見て、侍医は顔を顰めた。


 オフィールオ・ゼレイトン医師。


 むすりと口を引き結び、愛想の欠片もない。

 長ったらしい前髪に顔を覆い尽くす程の無精髭。

 分厚い眼鏡の向こうには青い瞳が鋭く光っているが、その風貌のせいで年齢がいまいち分からない。

 声を聞く限り、見た目程歳はいっていないようではあるのだが……


 この医師は、どれ程金払いが良くとも身分が高かろうとも気に入らない患者は診ないという。確かにこの国では医師の地位は高いけれど、一応城の常駐医師なのに、そんな事をしていて職を無くさないのかといらぬ心配をしてしまう。

 

「すみません」


 そんな彼なので、腕はいいが貴族たちに好まれる訳も無く。宮廷侍医とは言え、与えられる仕事は使用人や下級騎士の世話が殆どだった。


 ──ただ、その分裏表がなく、貴族たちのような気疲れするやりとりも無いので、彼の一般的には不敬と呼ばれる態度も、リリーシアは気にならなかった。

 それに城内で遠巻きにされるリリーシアに、他の侍医たちは関わりたくないらしく、必然的に足はこちらに向いていた。

 

「公務を終わらせるまで、今日は執務室から出られませんでしたから」


 怒ったアレクシオの采配によるものだ。

 一体何の罰なのか。

 あの場にいた者の誰かが事の顛末を正確に告げていれば、誤解だと分かるのだけれど。


(いつの間にか、私には誰も味方がいなくなっていたようね)


 王太子の隣に聖女が立つ事を誰もが望んでいるのだ。


「……あら」


 城内にある診療室の窓の外には遠く、泉が見える。

 こんこんと湧き出る清らかな水は代々の聖女やユニコーンに(なぞら)えて「清明の泉」と呼ばれ、近くに御堂が建てられている。

 そこにユニコーンが口を付けているので、どうやら水を飲んでいるらしい。

 かなり距離があるが、真っ白な身体と額に生えた角は紛れもない。


「聖女がいると、ユニコーンもこれ程近しく感じられるのですね」

「……あんなもん、ただの仔馬だ」

 ケッと吐き捨てる医師に少しばかり驚いたが、まあこの人ならそんな物言いをしそうだなとも思う。医師である事に誇りを持つ彼は、未知の力をありがたがる事も、縋る気もないらしい。

 ユニコーンを目にしただけで、手を合わせたり幸運を噛み締める人々と、彼の考えは一線を画しているようだ。


「でも、綺麗ですわ」

 あやかりたいと願う気持ちもよく分かるくらい、ユニコーンは綺麗だ。きらきらと眩い真っ白な肢体に黄色の角、薄い水色の瞳。

「そりゃそうだろうよ、……皆そうだ」

 当然だと切り捨てる医師にリリーシアは小さく微笑む。

「それにしても人間は皆見た目ばかり気にするな」

「……」

 それこそ、そうだろう。

 特に王宮で美貌や貴金属は武器になる。

 美しく飾りたて他者を圧倒する事もまた上に立つ手段だ。権力の象徴と考えれば、誰もが一目置くのだから。

 けれど確かに。分厚い眼鏡ともっさりと伸びた長い髪でへいちゃらな医師には分からないのかもしれないなと思うし、彼は下らないとすら思っていそうだ。この医師は見かけより身分より、他に大事にしているものがあるようだから。


 物思いに耽っていると、ユニコーンがこちらを振り向いた。

 はっと目が合ったと思いきや、ユニコーンは慌てた様子で泉の向こうの林へと逃げて行った。


「……私は嫌われているのですね」


 ぽつりと悲しい気持ちが言葉に漏れた。

 エアラと上手くいっているとは言えない関係で、周りからも煙たがられているリリーシア。ユニコーンも思わず目を背けたくなる程、自分の心は醜いのだろうか。


「あれに何が分かる」


 落ち込むリリーシアの感情を、医師が下らんと切って捨てた。


「あいつらは大概臆病だ。お前にだけじゃないだろう」

「そうかもしれません、でも……」

 

 エアラは持っている。ユニコーンを惹きつける魅力を。自分には無い力を。

「……」


 もしかしたら、それこそが王妃の資質なのではないだろうか。だから聖女が現れると尊重され、権力者の近くに置かれるのではないだろうか……


「私も……その資質が欲しかった」

「……」


 もう涙は出なかった。

 これも努力の賜物だろう。けれどこの時ばかりは、自身の無感動な反応にリリーシアも失望を隠せなかった。


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