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02. 悪役令嬢の実情

 

 リリーシアには求められるまま、相変変わらず公務をこなし、王妃教育を続けた。自分の価値をそこでしか見いだせなくなっていたからだ。ここだけは自分の場所だと、意地になっていたのかもしれない。

 でも心は少しずつ枯れていく。そして……



『これからはエアラ様が公務を担う事になります』



 アレクシオの侍従から告げられた言葉に、リリーシアは一瞬驚いたものの、了承の意を伝えた。

 抗う気は削げ落ちていき、すでにリリーシアの心は諦念が大半を占めていた。


 確かにエアラは直向(ひたむ)きで努力家な少女のようだ。

 リリーシアを教えていた教師たちも、初めは彼女へ教鞭を取るのを渋っていたけれど、今ではすっかり彼女に絆されている。伸び代がある分、教えがいがあるのだろう。


 リリーシアは彼らのそんな話を淑女らしい笑みを浮かべて聞いていた。泣き顔をアレクシオに見苦しいと言われてからは特に、磨き上げてきた淑女としての矜恃を奮い立たせた。

 ……それなのに皆最後には気まずそうに顔を背けていく。

 

 そのように教育してきたのは教師たちなのに、何がいけないんだろうか。むしろ悪いところがあれば直すように言えばいいのに。


 胸が塞ぐ。

 全て奪われ、それを是とする者たちも、それに抗えなくなってしまった自分も……



「つきましては、リリーシア様にエアラ様の教育係をしていただきたいと、王太子殿下からのご命令です」



「……そう、殿下から」

 

 自ら彼女へ教授する事で、築いてきた素地を受け渡す事で、このまま自分は空っぽになってしまうかもしれない。

 そんな思いがふと込み上げても、口元には笑みを浮かべる。

 

 まるで聖女を歓迎しているような態度のリリーシアに、侍従は理解できないといった風に去って行った。

 そんな背中を見送りながらリリーシアは一人俯く。


 ……自分は異常なのだろうか。


 けれど嫉妬しても、受け流しても、毅然としても周りの反応はリリーシアに冷たいのだ。だからもう分からない。

  

 王妃教育の一環で、側妃や愛妾への理解も示さなければないと習った。けれど、そんな事をアレクシオに話せば彼が怒るという事くらい、今なら分かる。


 最早この国で正妃として求められているのはエアラであり、自分こそ分をわきまえず王太子の婚約者の立場にしがみつく、卑しい者なのだろうから。

 零れそうになる涙をぐっと堪え、リリーシアはエアラへ引き継ぐ仕事の整理を始めた。



 ◇



 そんなある日。

 その日はエアラにお茶会のマナーを教えていた。

 その一環としてお茶の淹れ方を伝える。

 

 流れるようなリリーシアの所作に感動したエアラは、直ぐに茶器を構えリリーシアの真似をしようと勢いこんだ。


「あっ、」


 けれど、力んだ彼女は手を滑らせ、盛大にお茶をぶちまけた。


「きゃあ!」


 食器が割れる音とエアラの悲鳴に騎士が駆けつけ、怯えるエアラの前に立ちはだかり、リリーシアを睨みつけた。


「聖女様に一体何をされたのです!」

「……何もしていませんわ」


 リリーシアはお湯が掛かり赤くなった手に触れ、怒る騎士に真っ直ぐに反論した。

 けれど騎士はリリーシアの返答に益々顔を赤くし怒気を強める。


 お茶をひっくり返したのはエアラ。それを見て叫んだのも彼女。リリーシアは何もしていない。

 自身の腕から滴るお茶をじっと見ていると、慌てた様子でアレクシオが飛び込んできた。


「エアラ!」

「アレクっ」


 くしゃりと顔を歪め泣き出す彼女をアレクは大切そうに抱きしめる。そのままリリーシアに咎めるような視線を向けてきた。


「リリーシア! 一体エアラに何をしたんだ。可哀想にこんなに怯えて。前々から思っていたが、君のエアラへの態度は目に余る! ……いい加減、改善出来ないようなら婚約破棄も考えるべきだろう!」

 勢いよく放たれた言葉をリリーシアは冷水を浴びたように身体を強張らせた。


「……婚約、破棄……」

 それは今まで積み上げてきた努力を含め、自分をいらないと、リリーシアの全てを否定される決定的な一言だった。


「アレク……もしかして、本当に私を王妃様にしてくれるの?」

「え……」

 呆然と口にするリリーシアを気にも留めず、アレクシオは嬉しそうに頬を染めるエアラの肩を抱き寄せ──小さく微笑んだ。それが全てだろうとリリーシアは悟る。


 分かっていた事だ。

 けれど、


「……もう、私を……愛称で呼んでも下さらないのね……」

 そんな呟きに気を留める者も、既に誰もいなかった。


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