自分の思い通りにならないこの世を悲観せずに
世の中には、ゲームの勝ち負けをきっかけに殺人事件にまで至ったとか自分の家に放火してしまったとか何ていうことも実際にあったりした。
そこまでじゃなくても、店員の態度が気に入らないとか 、アニメの展開が自分の好みに合わなかったとか、本当に些細な理由で他人を傷付けようとする人がいる。
私はそれが悲しい。『自分の思い通りにならない』なんてこの世に生きる限りは当たり前のことなのにそれを受け止めることもできないとか、そんなだから『生き難い』って感じるんじゃないのかな。
自分の思い通りにならないのが、本来は当然なんだよ。それが普通なんだよ。
『自分は気遣ってもらえないのに、他人は気遣ってもらえてる』
『自分は助けてもらえないのに、他人は助けてもらえてる』
そんなことが起こるのも、当たり前なんだ。それを妬んで、恨んで、ネットで恨み言を並べたって、自分が上手くいくわけじゃないんだよ。
観音だって、実の母親に捨てられるみたいな、とても辛い経験をしてきてる。そんな経験をした上で、そういうこともあるって分かってくれている。
彼女がどうしてそれを分かるのか、すぐそばでずっと見てきて、実感できた。
結局、彼女をこの世界に送り出したもう一人の張本人である実の父親が、彼女の事をしっかりと受け止めてくれているからだ。彼女がこの世に来たことを、彼女をこの世に送り出した張本人の一人がしっかりと認めてくれているからだ。その上で、シッターさんやヘルパーさんが、彼女を気遣ってくれている。
この事実が、観音に精神的な余裕をもたらしてくれているんだ。
自分の思い通りにいかないことも、受け止めることができるようになっているんだ。
そして、観音が受け止めてくれるから、五月も真凛も彼女のことが好きで、彼女を受け止めようとしてくれるんだ。
『この世は自分の思うようにはいかない』
皮肉なことに、その事実を受け止められることが、結果として、精神の安定に繋がるんだな。
だって自分の思い通りにいかないのが当たり前なんだから。何か一つ自分の思い通りになったとしても、それ以外は全くというのが、当たり前なんだよ。
私も、こうして彼女やダンナと家族にはなれたけど、相変わらず園では、園児達や保護者に振り回されたりするというのは、日常茶飯時だ。
そのことについて『疲れるなあ』と思ってしまうのも、いつものことだ。
そんな私を、観音やダンナは受け止めてくれる。労ってくれる。癒してくれる。
それがあるから、私は、自分の思い通りにならないこの世を悲観せずにいられてるんだ。
キレたりせずにすんでるんだ 。
だから私も、観音やダンナのことを受け止めて、労って、癒してあげたいと思うんだ。




