生活
「こちらがサクヤ様のお部屋です」
アオイさんが縁側沿いに並ぶ襖の内のひとつを開けると、8畳くらいの畳の和室だった。イグサの香りがする。
あの後、行くところがない私をキナリさんが自分の屋敷へ置いてくれると言ってくれて、カザミは爽やかにまた来ると言い残して帰って行った。
今は私が過ごす部屋までアオイさんが案内してくれている。
「何かお困りな事があれば私に言って下さい」
「・・・あの、私に敬語なんて使わなくてもいいですよ?厄介になる私の方が申し訳ないですから」
「しかし、サクヤ様はお客様ですし我らがもてなすのは当然のことです」
ただでさえサクヤ様と呼ばれるのも違和感がすごいのに、歳が近そうなアオイさんに丁寧に話されると居心地が悪い。
「えーと、じゃあ何か手伝わせてください!ただ置いてもらうだけなんて申し訳ないし、これから助けてもらう事も多そうだし、何か私に出来ることがあったらやらせてください!」
必死に言い募るとアオイさんが面食らった顔をする。
ちょっと声デカかったかな?
でもタダ飯食らいは嫌だし・・・
「ふふ、サクヤ様は面白い人ね。そんなに気を遣わなくてもいいのに」
アオイさんがふわりと笑うと雰囲気がガラリと変わった。
別に恐い人じゃないけどあんまりニコニコしないから硬いイメージがあったけど、笑うと花が綻ぶみたいに柔らかくて可愛い。
この人ほんと可愛い。
美人だし可愛いとか女の理想だ。
「雑用でも何でもしますから任せてください!」
そしてあわよくば仲良くなりたい。
「家のことを手伝ってもらえるのは助かります。だけどまずサクヤ様にはここの生活に慣れて頂かないと。
とりあえず今日のところはゆっくり休んでください」
譲歩してくれたけどあっさりもてなす方向へ軌道修正されてしまってぐうの音も出ない。
確かに今までの生活とは全然違ってき
そう。
なんとなく時代劇とかの生活風景を想像してしまう。服とか着物だし、さっき通ってきた村の中もそんな感じだった気がするし。
「すみません、色々教えてください。慣れたらすぐに役に立てるように頑張ります!」
やる気だけでもと頭を下げるとアオイさんはまたふふっと笑って、そんなにかしこまらないでと言った。
制服を脱いで着物の着付けを教わり、お風呂にどうぞと言って案内されたのは敷地のはずれにある高い竹の柵で囲われた露天風呂だった。しかも人が10人は余裕で入れそうなくらい広い。
私てっきり薪風呂とかだと思ってたよ・・・。
キナリさんの庭には温泉がわいてるらしく、お風呂の準備にはあまり苦労しないらしい。
これが現世だったらキナリさんお風呂屋さんになれるよ。
これから毎日温泉に入れるとか得した気分というより贅沢過ぎてバチが当たりそうだなと思う。
一応何かの植物からとった液体を固めた石けんぽい物があって、よく泡立つしさわやかな匂いがしてお風呂を物凄く満喫できた。
その後夕ご飯の支度するというアオイさんの手伝いを申し出ようとしたけどやんわり断られたので、せめて作ってる所を見せてもらおうと後を付いて行ったら台所も思っていたよりは現代風だった。
てっきりみんなで囲炉裏を囲んで食べるのかと思ったら、木製だけどキッチンぽい台があるし、水もポンプで出るみたい。その横には腰くらいの高さの平らな石が置いてあった。
地下から源泉の熱がその石に伝わって料理が出来るらしい。
す、すごい。○Hみたい。
火を起こして料理するのかと思ってた。案外常世って生活には苦労しないのかな?
電気とかはないけどこれくらいの設備があれば全然快適に暮らしていけそう。
拍子抜けでぼけーっとしてる私を見てアオイさんが料理の手を止めてクスクスと笑う。
「あまり火を使ったりとかはしないんです。昔常世に来た稀人が多くの知恵を与えてくださったおかげかもしれません」
「え、これって全部稀人の知恵なんですか?」
「全てではないですが稀人の知識から得たものを使って生活が豊かになったのは確かです」
ま、稀人って一体。そんな物知りな人が常世に居たってことだ。
自分の持ってる知識を生かせるなんて
すごい。
私も何か不便なことがあったら助けられるといいんだけど。
難しい課題を出されたような気持ちに勝手になっているとそれが顔に出ていたのか、アオイさんにまた笑われた。
結構アオイさんって笑う人なんだなぁとほっこりして悪い気はしなかった。
御膳で運ばれたご飯をキナリさんとアオイさんの3人でとり、疲れただろうからと早めに休むように言われたので、与えられた自分の部屋ですでに敷いてくれてあった布団に大人しく潜り込む。
天井をぼうっと見つめながらふと思うのは叔父さんのことだった。
電話で話した直後に川に落ちて、目が覚めたら常世に居た。
キナリさん達の話からすると私は現世で命を落として、常世に流れついた稀人だという。
つまり叔父さんの居る世界で私は死んだということになる。元気だと言っていた私がその後すぐに死んだと知ったらきっとショックを受けるだろう。
両親が死んでからずっと面倒をみてくれていたのに申し訳ない。
優しい人だから私を一人にしたからだと後悔するかもしれない。私が自分で決めたことだからそんなこと思わないでほしいけど、それをもう伝えることは出来ない処に来てしまったと思うと、申し訳ないというよりも不思議な気持ちになった。
もう私はハナじゃない。
ここでは私はよそ者で誰にとっても特別では無いし、気を遣われる存在でもない。
そのことに少しほっとしている自分から目を逸らすように目を閉じた。
意外と快適に暮らしていけます(^^)