予言
久しぶりによく眠れた気がする。
暖かい風と鼻腔をくすぐる花の匂いに意識が浮上する。
目を閉じていても眩しいと分かる日差しに覚悟して、そっと目を開けると予想通り眩しい日差しと青空が広がっている。
ぼーっとしながら目だけ左右に動かして見ると、仰向けで寝ていたらしい自分の左側に気配を感じて、顔をそちらに向けて見る。
そこに“彼”はいた。
日差しに照らされた長い黒髪が微かに風に揺れる。こちらを見下ろす瞳もきれいな黒。
切れ長な目は雅な雰囲気で、凛々しい眉は意志が強そうでかっこいい。
鼻筋もすっと通ってて、唇は少し薄めで形がいい。
肩よりも長い黒髪は見るからにサラサラそう。
かなりのイケメンだ。
「・・・!?」
慌てて起き上がる。
「やっと目が覚めたか。このまま目を覚まさないのかと思った」
寝起きで働かない頭に、低くよく通る声が響く。
「あ、あなた誰、ですか?」
見知らぬ男性に寝顔を見られていたことに動揺して、警戒しながら聞いてみる。
「風見だ。神の予言により現れるという乙女を迎えに来たら、君がここで寝ていた」
神?予言?
「お、乙女!?」
聞きなれない単語に絶句する。
その様子が面白かったのか、目の前の男がふっと口元を綻ばせた。
「数年前に巫女が神からのお告げがあったと言った。泉に大きな落雷が落ちた翌日に、現世より神が選びし乙女がこの国に現れる、と」
巫女?落雷?乙女が現れる?
え、どゆこと?
私、確か川に落ちたよね?
ひょっとして小説とかでよくある(?)タイムスリップとか?
「あの、カザミさん、ここはどこですか?」
ゴクリと唾を飲みこんで、謎に緊張しながら聞いてみる。
「カザミでいいよ。君が聞いているのが“どっち”の意味かは分からないが答えよう」
迷子の子供に語りかけるように、落ち着いた声音で教えてくれる。
「ここは常世。
君が居た現世とは次元も理も違う場所だ。
君は所謂、稀人だね」
丁寧に紡がれる言葉に違和感しか感じられない。
私、あんまり本とか読まないんだけど、常世って死後の世界とか言われてるよね?
私、死んじゃったってこと?
タイムスリップじゃなくて、これから三途の川を渡りに行くとか?
「稀人のことは俺にもよく分からないが、君がこうして予言通りに現れて驚いた。
常世に流れ着くのは本当に稀なことなんだ。
普通現世の人は死んだら黄泉に行くらしい」
「常世と黄泉は違うの?」
「違うよ。黄泉は“根の国”とも呼ぶんだけど、此処よりももっと下に在る世界なんだ」
ひとまず三途の川に案内される訳では無さそうだ。
「そしてここがどこかというもう一つの質問に答えよう。
ここは巫女が予言した、落雷が落ちた泉のすぐ近くだ」
見えるか?と指をさしながら教えてくれる。
横を向いた時に髪を上半分に結んでいる青い組紐が綺麗で目をひいた。
「向こうにある泉に昨日落雷が起きた」
その方向に目を凝らすと、少し離れたところに確かに泉らしきものが見える。
おまけに落雷の痕跡らしき物まで目に入った。
泉自体は大丈夫そうだが、その周辺の木々が焼け焦げて倒れている。
落雷こわ、としか言いようがない。
「あの、迎えに来たってさっき言ってたけど、どこに行くの?」
「ここから少し歩いたところに村がある。そこの長に君を連れてくるように頼まれたんだ。
悪いようにはならないはずだから、一緒に来てくれると助かる」
肩を竦めてカザミは言う。
カザミが説明してくれたけどなんだか全然飲み込めないし、自分がここではどういう扱いになるのかも解らない。
カザミは悪い人じゃ無さそうだけど、信じてもいいのかな?
次元も理も違うって言ってたけど、服装も和服?っぽいものを着てるせいか、和服の似合う男の人って感じしかしないから、何がそんなに違うかわかんない。
今座り込んでる所も一面草花が咲いてる綺麗な風景が広がってるせいか、どうにも現実味がない。
「こんな所じゃ落ち着かないだろう?君も少し混乱しているようだし、俺よりも巫女とか長の方が分かりやすく説明してくれる」
先に立ち上がって、立てるか?と手を貸してくれる。
知らない人にはついて行くな、という昔から大人達に言い聞かされてきた言葉がふと思い浮かんだが、ここ日本じゃないしね、と開き直って大人しくその手を取った。
「・・・ありがとう」
彼の手を借りて立ち上がったら、目線が肩くらいで、カザミは結構背が高いと気付いた。
さっきまで座ってたから気付かなかったみたいだ。
カザミの顔を見上げるとパチリと目が合う。
イケメンで長身とかポイント高くない?
手を貸してくれた状態で思わず見惚れてしまった。
だってこんなイケメンに手を貸してもらえる経験なかったし・・・うん。
なんて惚けた私を現実に引き戻したのはそのイケメンカザミだった。
引いた手をキュッと握って、
「君の名を知りたい。教えてくれるか?」
と、ちょっとだけ屈んで顔を覗きこんでくる。
おまけに、にこっと素敵な微笑付きだ。
「は、ハナです」
誘導尋問のように口が勝手に動いた。
だってこんなイケメンに名前を聞かれる経験なかっ(略
「ハナか。良い名だな」
答えた後一瞬カザミがなにか企むみたいに目を細めたのが気になった。
その後にこっと満足気に頷いて、ありがとうと呟く。
そのまま手を引かれて長が住む村に案内されることになった。
この何気ないやりとりが後に物凄く意味があったと、この時の私は知る由もなかった。
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